キミにも 当たり前すぎて隠れている 幸せや魅力があるかもしれへんで。

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家族も含め他人のことにあんまり興味なくなった。やることが減った。仕事でも趣味でも何かしなきゃとか思わなくてもいいんだなー。 ぼんやりしてるの好きだなー。元々あんまりガツガツしてないのに無理してたなあ。 ご飯作って専業主婦してまーす。

 


今の自分を否定して、たとえば大金を得ようとしたり、他人から「すごい」とかって言われるような人になろうとするのは、もしかしたら、自分を喜ばせようとすることではないのかもしれないなぁと思いました。 もしかして、どっかの誰かの奴隷になる道だったりして(笑) あと、自分ができないことを自分でそんなに責める必要もないのかなと、このところ思うようになってきました。 なんか、自分「が」やろうとすればするほど、できない自分を責めてきた気がします。 自分「が」やろうとするよりも、みんなと分かち合っていこうとするほうが私はいいかなと、最近思うようになってきました(‐^▽^‐)

 

 

 

翼のある鳥は 翼を持っている
という幸せや魅力に 気づかへん。

キミにも 当たり前すぎて隠れている
幸せや魅力があるかもしれへんで。

 

 

 

 

不安や恐れがあるときは、
無理に頑張ろうとするのではなく、
まず自分を整えるようにしてください。

頑張ればいいってものじゃありません。

 


本当の意味で「強くなる」とは
「誰にも負けない」ということではなく、

『残された時間(人生)への感謝が強くなる』こと。

 

 

 

今日もそうやって寝ていましたが、ある言葉が浮かびました。

それは、「この人生を棒にふってもいい」でした。

この本の中に出てくる言葉です。

 


私はそれで、すっ、と眠れました。

私は何かをやらなければならないと思い込んでいたのかもしれません。

仕事をがんばって、家事もかんばって

人から認められてこその人生だと思っていた。

 


でも。

この人生を棒に振っても良いんだ。

どう生きても、それが私の人生なんだと思えた。

 


数時間、眠って。

夕方、目を覚ました時、連休が明けたら、会社に行こうと思えました。

本当は追い詰められて、もう、辞めるしかないとまで思い詰めていたのに。

 


うまくいかなくても、うまくいかない私でも

それで私が私を責めることはない。

うまくいかない私なりに、だめな私とつきあっていこう。

 


そう、思えました。

 

 

 

 


産み落とされ、生かされてる。

人間は元々、他の動物と同じで受身の生き物。

生きる意味など考えるから苦しい。

人間は楽になりたいのに、脱力することが下手で、力んでばかり。

力を抜こうと思って抜いても、ほんの数秒後にはまた身体のどこかに力が入っている。

自分になど執着するから苦しいんだ。

 


カッコいい服で着飾っても、好きな場所に旅行しても、なんだか満たされないのは自分のために動いてるから。

ひとのためになにかをして、本当に喜んでもらえたとき、充実感を得られるのは自分のために動いてないから。

 


自分を意識した途端、ぎこちなくなって、力んで疲れる。

それなら自分を捨てればいい。

 


なんて簡単なんだろう。

すごく解放された気分です。

 

 

 

この本を読んで「自己実現して生きる」という物語から降りたら、本当に生きるのが楽になりました。

「ほめられたい」とか「認められたい」という欲が頭をもたげたら、その都度読み返して「大したことのない自分」を生きていこうと思います。