「変って思われないように」ではなく、もう変と思われた方がいい。自分から「私、変なの」とにっこりと笑って言ったほうがいいと私は伝えています。  それは一人ひとりの個性はすばらしいものだと認めようということでもあるからです。

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今の悩み、全部解決してもそれに伴う悩みができて結局「あー、私の人生って」って思うよ。
ソースは私。
結論。
今を楽しむ。小さい楽しみでいい。

 

 

 

全部流れに任せた。冗談みたいな人生だけど、そこそこ幸せ。私みたいな行き当たりばったりな人は下手に考えない方が良いかもって思う

 

 

 

そう、僕らは
頭おかしい集団として
 
楽しく生きていこう(*'▽')
まってるねー!

 

 

 

 


正しい道を歩んでいると邪魔が入らない、それどころか応援される。

 

 

 

 


自分の心に従い、自分を会社に合わせるのではなく、自分にフィットする働き方に徹底的にこだわることで、最終的にそれを手に入れることができる。そのように、宇宙は成り立っているように思います。

 

 

 

 


決めれば、現実は後からついてくる」の法則  実現したいことを「必ずこうなる」と決めること。決めれば、現実は後からついてくる。

 

 

 

 


自分の適性、向き不向きに目を向け、違和感を見て見ぬふりすることなく、不要なものをそぎ落としていこう。

 

 

 

 


自分の心に従い「これだけは譲れない」というものを明確にし、自分の意見をはっきりと主張しよう。

 

 

 

間違った道を歩んでいると、邪魔が入る。正しい道を歩んでいると、応援される。

 

 

 

 


あなたが自分を出し始めると、離れていく人もいます。最初はそれがしんどいかもしれません。しかしそれを何度か繰り返した後には、最終的に自分に合った人、合った環境だけが残ります。それはあなたの財産です。

 

 

 

 


外の世界には、あなたの内側が反映されます。  どんな仕事であれ、行うのは人間であり、あなたの世界を変えることができるのは、あなただけです。

 

 

 

何ごとも先入観を持たずにやってみなければ、分からない。「苦手だと思っていたものが、やってみると面白い」ことは往々にしてある。仕事でも、趣味でも、人間関係でも食わず嫌いは非常にもったいもったいない。「進んで失敗する」くらいの気持ちで、新しい扉を開こう。

 

 

 

 


向いていない仕事は「遅い、苦痛、不正確」  向いている仕事は「速い、楽しい、正確」

 

 

 

 


「あっ人生が変わる。身軽になっておかなければ」

 

 

 

 


強みは、あなたやあなたの生活に馴染みすぎており、自分では気づかないこともある。意識していなくても、人から求められること、感謝されることなどにヒントがある。

 

 

 

よく「その人に超えられる試練しか与えられない」と言われるが、本当にその通り。どん底でギリギリのところまで落ちても、何かしら助けてくれる要素が現れ、辛いながらも乗り越えていけるようになっている。

 

 

 

 


自分が一生懸命とりに行ったのではない、外から入ってくる流れは、時として、面白いところに連れていってくれることがあります。

 

 

 

 


過程でうまくいかないことがあっても、たとえ辞めてしまっても、その人が使命として持って生まれてきた活動とは、必ずどこかで再び縁がつながるという意味です。

 

 

 

 

 

 

「変」というのは「個性」。人と違うということこそ、私の存在意義だと自信を持って言えます。そう、一人ひとりに個性があり、得手不得手も違って当然。「変」でもいいのです。

 

 

 

「変ですよ」と言われることに心地よささえ感じるほど「自分」を解放したとたん、生きるのが楽になり、個性が磨かれ、輝く自分になれる。

 

 

 

 


「スピリット」は「精神」という意味です。物質的社会から精神的社会に移行しているからこそ、物欲よりも知識と学びに価値を感じている人が増えてきています。

 

 

 

 


私がやりたいことを思いきってやったとき、うれしさが込み上げ、生きる力が湧いてきました。  私が自分のために生きていいんだと自分に許可をしたら、泣いてばかりいた私に笑顔が増えてきました。  私が笑えるようになったら家族が喜んでくれました。  自分を大切にして、自分のために生きていい。  私が生きていること、私が笑っていること、ただそれだけでいいんだ。  死ななくてよかった。

 

 

 

 


「あなたね、力を半分も出せていないわよ。こもっていちゃ駄目。もっと外に出て、このパワーを使わなくちゃもったいない。あなたを待っている人がたくさんいるわよ!」

 

 

 

 


「お金」や「時間」が自由にならない。引っ込み思案で自分がうまく表現できない。そして、それを乗り越えるための学びの環境もほとんどありませんでした。  私がそうした技術を学び伝えていけば、交通費や宿泊費をかけなくても地元の人たちが変わるお手伝いができるのではないか! 心の底からそう思いました。

 

 

 

 

 

 

 一人ひとり違って当たり前なのに、そこを同じようにしているのはつらくない?そう思います。 「自分らしくないと思う」ということは、自分らしさを知っているということです。そこを活かさないで自分って何だろう? と。  せっかく自分に生まれてきたのだから、自分らしさをもっと磨いていこう。そう考えたとき、「変って思われないように」ではなく、もう変と思われた方がいい。自分から「私、変なの」とにっこりと笑って言ったほうがいいと私は伝えています。  それは一人ひとりの個性はすばらしいものだと認めようということでもあるからです。

 


 私の言う「変人」は、この世界を、地域を、家庭を変えていく人。「今までと同じでいいの?」と問いかけをしてくれる人です。  まずは自分が変わって、変わったままの自分で生きやすくなって楽しそうだったら、周りの人たちも「そういうふうにしててもいいんだ」となって自然と許可が出せるようになります。

 

 


どんなに孤独を感じているときも、あなたは決して一人じゃないということを忘れないでください。  あなたのそばには、いつだって見えない存在がいてくれます。「同行二人(どうぎょうににん)」とは、一人で歩いていても常にお大師さま(弘法大師)が共にいてくれるという巡礼の言葉です。  ご先祖様や神様、高次元の存在など、表現の仕方はたくさんありますが、いつもそばにいて見守ってくれている見えない存在たち。  そして、肉体的にはそばにいられなくても、あなたのことを想ってくれている大切な家族や友人がたくさんいること。  その見えない人たちのパワーをいつも私たちはいただいています。  見えるものと見えないもの、両方を見ようとすることが大切です。  私自身、自分がマイナス方向に陥ったとき、真っ暗な部屋にいて光は見えず、孤独を感じていました。  だけど、生きていたからこそ、この世界が見えたという現実があります。まさかその先にこんな世界が待っているとは思っていませんでした。  大切なことは、生きることを諦めてはいけない! ということ。  生きていればこそ見えてくる光があると私は知っています。 何者かになろうとしなくても、あなたがあなたのままでいればいい。