あのときは、なぜ逃げなかったって不思議に思ったけど… 今思うのは、結局周りが逃げさせないんだよ。 おれはどうする? 逃げるよ。死んだあとに優しくされたくない。 おれは逃げる。

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私の感じる「イヤだ」は、私個人のものであり、全世界に通用するものではない。他者に通用するものではない。 この世界の、一個人の意見にすぎない。 と、本当に腑に落ちてからは、嫌なことの扱いが変わった気がします。 それはとても自由なことであり、とても孤独なことで、そして当たり前の事なんだなぁと、思っている今です。 誰もが独立した個人として尊重されてる。 自分の力の及ぶ範囲が分かる。 他者は動かせないって。 そして誰も私のことをコントロールできない。 そういうこと。 限界を知る。 これまで他者に介入しすぎていたし、私も他者から影響を受けすぎていた。 だからこの独立した感覚は新鮮で、ちょっと物足りない、諦めのような感じもするけれど、きっと当たり前のことなんだろうな。 今はお気楽。自分の事だけ考えてればいいんだもーん。 体の痛みはその人にしか分からない。他者には分かりようがない。 そんな個別。 日々、職場の人間関係やら生い立ちの憂鬱な思い出やら、失恋からの立ち直りとか、いろいろあるし、「あいつマジむかつくー」とかもあったりするけど、「それほどではない」レベルになってきました。 「しゃーないやん」「ま、いっかー」という発想を持つようになりました。どうにもならないことってある。 だから、自分にとっての適度なタイミングで切り替えて、楽しいことや心地いいこと、面白いことで頭や心を埋めてみる。 そんな時間を意識して持ってみる。 そんな感じの今。 自分の事は自分にしか分からない。人の事は分からない。 だから聞いてみる。 伝えてみる。

 

 

 

 


そこで苦しんでいる時こそが貴方は強くなり  そこで悩んで考えている時こそが貴方は賢くなり  そこで傷ついている時こそが貴方は優しくなれるのだから  苦悩している時間こそが長い人生を貴方色に彩り  苦悩している時間こそが人間で生まれた醍醐味なのだから  苦悩している時を大切にしよう  苦悩している自分を大切にしよう  苦悩こそが充実な人生を送れる種なのだから

 

 

 

あなた自身を壊してまで守るべき仕事や職場はありません。

 心や体が悲鳴を上げていると感じたら、今の60%のエネルギーで働く方法を考えてみましょう。

 

 

 

 このろくでもない世界に私たちが生きているということは、私たちの中に、このろくでもない世界と呼応するものがあるからだ。この世界のろくでもなさが、私たちの中で無効になり忘却されるまで、覚めながら夢中に生きよう。

 

 

老いて病になっても、ひとりの役者として最期は大見え切って去っていく。そういう意味では、単にものわかりのいいおじいさん、おばあさんになるのではなくて、最期までどこか自分のこだわりを持って老いていくということが、若者たちにとっていい影響を与えると思います。

 

 

 

 


またここに来た

2年ぶりくらいに

何も感じないように凄くフラットな気持ちだったのに

1人って決めたのに

心の温もりを知ってしまうと弱くなる

1人って決めたのに

毎日不安定な自分が嫌になる

沢山求めてしまう

期待してしまう

沢山沢山不安になってしまう

 


俺の核を知って欲しい

理解して欲しい

寄り添って欲しい

寄り掛かりたい

大丈夫だよって抱きしめて欲しい

1人じゃないのなら

俺の全てを知って欲しい

お前に寄り掛かって身を任せたい

 

 

 

自信があると薄情になれるから生きやすいんだろうな

 


優しさなんて弱さ利用され騙され陥れられるだけ無駄なものでしかなかった

 


この世は弱肉強食

 


それなのに、親にとって都合よく扱える存在になるようにと真逆のことを教えられ

 


社会で生きられなくなっても自己責任だとさ

 


いい現実も悪い現実も見ることは許されなかった

 


今日も明日も死にたい。

 

 

 

 


死にたい理由なんて分からないんだよね。

周りから見たら幸せそうに見えるだろうし、私みたいになりたい言われるしさ。見た目も可愛くて年収もそこら辺の男より稼いでるのに男絶えないし遊び行くと必ず男が払ってくれて。自分の時間も自由にしつつ娘を育ててって、そりゃ周りから見たら幸せそうに見えるよね。

 


ただの自暴自棄なんだけど?

 


男と遊ぶ度自暴自棄になる。ある意味自傷行為

 


幸せそうにニコニコしてるけど心の内は死にたいしかないのよ。

でも娘置いて死ねないって毎朝考えるんよ。

でもそれも辛いし、死にたい理由も分からないのが1番辛い

 

 

 

 


高校辛い。教室で一人ぼっちだし。一緒に居てくれる友だち欲しかった。

でも、もう何もいらない。辛い。何度も死ぬ事を考えてでも、

怖くて死ねなくて…ダイエットも上手くいかない。それも全部自分のせいなのは分かってる、何もうまくいかないし辛いだけの人生ならもう終わってもいいかなって思っちゃう。大人になりたくない。死にたい

もう全部投げ捨てたい。何もしたくない

 

 

 

何年か鬱で苦しんできました。

 


最近、そろそろ限界かなと思うことが多いです。

 


もう頑張りきったようにも思います。

 


生きる権利も大切ですが、死ぬ権利も認められたのなら

もっとみんなが本当の意味で幸せな世の中になるのではないか

と思います。

 


死にたいと考えるまでに至った人生も惨めですし、

死ぬ瞬間もおそらく惨めで、

死んだ後も後ろ指をさされて惨めなのだろうと、

なんとなく思います。

 


せめて確実に人生を終えられる制度があれば、

死ぬ瞬間の惨めさだけでも軽減できるのではないでしょうか。

 


きっと、この先の社会でも

倫理的な観点から認められることはないのでしょうが、

そう願ってやみません。

 

 

 

 


こんなに辛くて苦しい人生

 


全ての事にただ怒りや悲しみがつのる一方

 


人生、そりゃ辛いことの方が多いってわかるけど

 


流石に酷すぎじゃない?

 


やってられない、もうレベルが行きすぎてる

 

 

 

 

 

 

趣味もない。仕事も楽しめない。刺激を求めて新しいことをやってみても納得のいく結果が出せずにやる気がなくなってやめる。疲労感だけが残る。もう5年くらいこんな感じ。もうすぐ30代も終わる。もう何をやっても結果が出せる気がしない。なにもやりたくない。小さい頃からめんどくさがりな性格だったけど、生きることすらめんどくさい。奥さんと息子に迷惑かけたくない気持ちだけで生き延びてる。

 

 

 

父親が自ら命を断った歳と同じ歳になった。

今、自分も行き詰まっている。

父が亡くなった後に、なぜ悩みを言ってくれなかったとか周りが言ってたけど。

生きてるときにそれを聞いてどうした?事が起きてからしか親身になれない。

あのときは、なぜ逃げなかったって不思議に思ったけど…

今思うのは、結局周りが逃げさせないんだよ。

おれはどうする?

逃げるよ。死んだあとに優しくされたくない。

おれは逃げる。

 

 

 


責任、責任、責任

日々求められてばっか

求める自分にも嫌気が差す

死んだら楽になれるのかな

でも死ぬとき苦しいだろな

苦しいのは嫌だ

 


なぜか生きるために、

ずっと食べ物を食べてる

食べても食べても心は空っぽ

ばかみたい

 


生きるのも死ぬのも苦しい

未来に何も求めてなくて、

ただ生きるために働く日々

こんな生活もう嫌だ

 


今の地域で、今の職場で、今の人間関係で、

死ぬまで暮らすの?

閉塞感だ、息がつまる

 


どこか遠くに行けたらいいのにと思うけれど、

どこまで行っても自分は付いてくる

人を傷つけ、人に傷つけられる

どこに行っても結局同じ

 


自分を知る人が全員死んだり、

全員嫌ってくれたら、

心置きなく逝けるのかな

でも死ぬのは怖い

 


他人には明るく振る舞ってしまうから、

この悩みを知ってるのは自分だけ

あと、このメッセージを読んでくれている人