「40年間生き残るために意識してることはなんですか」
と訊かれて
「適当に手を抜くことだね」
と答えられていました。
「だって、必死だと圧迫感がすごいでしょ」
でも
今までの人生で
そんなこと知らんかったのーん( ̄▽ ̄)
必死にいいこと言おう
必死に役に立とう
必死に期待に応えよう
と
ガンバルシカシラナカッタもんね。
そりゃ、うまくいかんはずだわ(笑)
自分は、本当は素晴らしくて
本当は 喜ばれる存在で
本当は 居るだけで役に立ち
本当は みんなのアイドルで
本当は 何でもできて
本当は 素敵な人間なんだ、と。
どうせ、わたしは、愛されてる
どうせ、私は、最高に素晴らしい
どうせ、わたしは、ダメでも愛されている。
子供の頃、うちの母親はすぐにキレる人でめちゃくちゃ怖かったのです。
なので子供が産まれる前から子育ての本読んでみたりしてたけど、ある時ふと気付いたのですよ。
「子育て頑張らなくても良いや」って。
完璧じゃなくても良い。
失敗しても良い。
放っといても子供は泣くし、かと思えば数秒後には笑ってる。
こんな訳の分からん生き物(良い方酷いw)に振り回されなくても良いや。
赤ちゃんみたいに楽しもう。
沢山泣いて沢山笑おう。
それで良いんだ。
ってなってから気楽に子供と向き合えるようになりました。
こっちがご機嫌だと、娘は安心して人の輪の中に入って行くのです。
だからお母さんが笑顔でいるのって大事だなぁと実感しています。
うん…わかる。お母さんが機嫌いいのが最高のプレゼント、いい言葉。
私の母は、不機嫌というかいつも辛そう不幸そうで(ずっと鬱だったんだけども)加えて、最低限ご飯を用意するとか子供の話に耳を傾けるとか他、して欲しいなと思った事何もしてもらえなくて、私も我慢する子だったからぶちまける事もなく
母親何にも出来ないなら産むんじゃねーとずっと思ってた。…きっと何かしてほしいよりも、お母さん笑っていてほしかったのかなぁ。そうかも… (TT)
うんうん、子供の頃いつもお母さんすぐ怒って不幸そうだった。
私、いつも申し訳ないって思っていたんです。
私たちの面倒見なきゃいけなくて、ごめん。
お母さんを助けたいけど上手くできないよー( ; ; )って。
お母さんは本当に好きなことして
好きな服着て、
好きものを食べて、
笑っててほしい。
本当にこれだけ
あーーー‼︎
とにかく!
この考え方が
もっともーっと
広まってほしー‼︎
ほんとに、わたしも救われたから!
ほんとに変わったから!
家庭に笑いが増えると
あったかくなる!
幸せってこんなんやーって
思い出せたよー!
お母さんは
自分が笑ってるかどうか
だけ気にしてれば
あとはなーんにも
気にしなくてよいよね!
あはは、母親の子育ては義務かって言ったら、違うね。 私は本能で育ててる。 子供は野放しにしてたら育つ。 親が不機嫌だろうが育つ。 そう育てるしかないんだから、後は復讐なりなんなりやってくれ。 私は子供と一緒に遊んでるだけ。 掃除機持って遊んだり、人参とちくわ切って遊んだり、歯ブラシ持って子供の口の中で遊んだり、洗濯バサミに服挟んで遊んだり、保育園に遅れそうだからベビーカー押して走りながら「ジェットコースター!きゃー!」って2人で笑ってる。 病気怪我しなきゃ大丈夫。 病気怪我は母親の責任でしっかり予防治癒すればいい。 あとは遊んでるだけで毎日何とかやっていけるよ。 子育てって遊びだよ。
世間体が大事な世の中(働くのが正義)→なぜか結婚しなきゃと結婚する男性→なぜか子を産まなきゃと焦る妻→なぜかやりたくない仕事のストレスを妻に当たる→なぜか夫のストレスを子供に投げる母→子供(え??!なんだこれ?!!)
って式ができあがるというか…
全部我慢から始まってる気がします。
やりたくない事、やらんでいいんやでー
やってるのは自分のためなんやでー
ってことを考える暇もなく…戦後の高度経済成長があり、今はそのエアポケットって感じかな?と思います。みんな立ち止まることができ始めた。
答えは私もまだないんですが、心の中で(それは、あなたが決めたことやで、やりたくなければ家族がいようがなんだろうがやらなくてもいんだよ~)って思うことにします(^^)
人生の後半戦には、人間関係の力が大きな支えとなります。仕事をしている間は、好むと好まざるとにかかわらず、多くの人と付き合わざるをえません。
けれど、仕事が生活の中心でなくなると、仕事の俺だけで付き合っていた人は去っていきます。
しかし、あなたが優しさと心配りのできる人間なら、仕事を辞めても一緒にいたいと思ってもらえるでしょう。気遣いや思いやりの話が続けば、それはお互いにとって良いことなのです。