私情ゆえなんともお恥ずかしい事と承知しておりますが
何卒ご容赦下さい。
生きている事に限界と言う状態で障害者(鬱適応障害ASD,LD)故か生きづらさ孤独との毎日の葛藤に疲れました。
ここまで自分で自制し独学して来ましたが気が付いた事は人生失敗したと憂鬱です。
大人になり視野が広くなり、気づいたのは住んでいる所は田舎な為か障害の事や困りごとに関して情報も支援もなく少なく幼い頃から只々世間体と言う事もあり何時も集団の外に外され、大人に色々とアクションを起こしてもどうする事も出来ず煙たがられていました。
何も出来ず大人になり社会に苦戦し現在火が消えてしまいそうになっています。幼い頃から親も精神を病んでいるので誰にも頼れず只々悔しいの一言です。
分からないまだ大丈夫と言う言葉は時には、無責任で残酷ですね。僕が受けていた信じていたのは厳しさではなく
大人の怠慢だったのかもしれないですね思い返すだけで 惨めです。
もしも願いが叶うなら
悲しみのない世界へ旅立ちたい
もしも願いが叶うなら
苦しみのない世界へ旅立ちたい
僕は弱い人間だから
一人で生きていく自信がないから
翼をつけて飛び立ちたい
今日生きててくれてありがとう。愛しています。今すぐあなたを抱きしめたいです。一緒に泣きたいです。そして一緒に笑いたいです。
ずっと死にたかった。私はブスで性格悪くて孤独で親は過干渉で癇癪持ちで自分が生きる意味も分からないし、学校にも家にも居場所はなかった。毎日どうやって死んだら迷惑かからないか考えてた。死ぬことも生きることも絶望的でスッと消えたいと願った。親は言った『子育て失敗した』と。私は失敗作らしい。自分の存在を全否定されたようなそれまでにも味わったことのない屈辱感。今でも忘れない。そこで私は思った。人は皆ゴミには無関心でしょ。だから干渉されず失敗作は失敗作なりに勝手に生きてやると。
生きてやりましょう。勝手に、自由に。
何にも縛られず、どうか自分のために、今日もそこにいてほしい。
そこにいてくれればいいよ。何もしなくて、何もできなくていい。
ありがとう。愛してるよ。
明るい未来がまったく見えない。
自分以上につらさを感じている人だっている。そんなこと分かってる。
でも、この苦しさに耐えられない。
親のいうことを真面目にきいて、必死に頑張ってきた学生時代。つらかったけど、大人になったらきっと解放されるんだって信じて頑張ってきた。
26歳の今、ろくに働くこともできず、自立することもできず、ただただ怯えながら泣いてる。
死にたいな、生きたいな、に挟まれて動けない。
生まれてきたくなかった。心の底からそう思っているよ。
ひとりひとり意味があって生まれました。
無意味だと囁いてきますが、信じることも自由に選択できます。
ひとりひとりやることがあります。そのための特徴があります。
わたしたちは100%自由に選んでいます。
助けを求めてほしいです。怖がらなくても味方です。