あなたがあなたであっていいのです。あなたが怠け者であれば、怠け者のまま最善を尽くせばいいのです。きっと神はそう言われるはずです。

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不安や弱さ、
発作に怯えながら、
おちこんだり
キャパなくて
一つのことをやっとできたり

社会に適合しない自分こそ


わたしだから面白いし、

マイナスから始まって
どこまでいけるのか?を
周りを巻き込みながら一緒に楽しめると思ってる。

 

 

 

「あんなことして、いいんだ」
「それ、しなくていいんだ」

「あ、そんなにうまくいっていいんだ」
「あ、心配しなくていいんだ」

という、心の制限を外すこと、
そちらの方が大切です。

 

 


 自己責任を軽減し、自分を楽にしてくれるのが宗教です。

 

 

 

あなたがあなたであっていいのです。あなたが怠け者であれば、怠け者のまま最善を尽くせばいいのです。きっと神はそう言われるはずです。

 


観音様は極楽世界においては暇なもので、この娑婆世界に遊学に来られたのです。修行に来られたのです。

 

 

 

負け組になった人は、仏教の考え方だと、「すまんが、ちょっとあなたは負け組になってよね」と仏から頼まれた人なんです。

 

 


成人したおとなであっても、自分は仏の子なんだという自覚を持つべきです。そして、仏の子らしく生きようとします。苦しみの中にあっても、悲しみの中にあっても、仏はわたしたちが仏の子らしく生きてほしいと期待して見守っていてくださる。そのことを忘れてはいけません。

 

 

 

観音様はそのつらさにへこたれることなく、しっかりとプレイ(遊び)ができるんだ。だからあなたも、つらいとき、苦しいときには、自分は観音様だということを思い出して、しっかりと生きるんだよ」

 


無価値感ってのを味わうのがみんな心底恐怖なんだよな、きっと。

だから、仕事をノンストップでやり、休みの日も何かの予定を入れちゃう。

それって、幸せや豊かさはいつ味わうんだい?

無価値感を味わいまくったらその奥に、自由や豊かさってあったりするもんさ。

 

 

 

「朝茶はその日の難逃れ」 「朝茶はその日の福を増す」

 

長年続けられるなと感じる、自分なりのルールを、まず決めてみるところから始めましょう。

 

 

 

それより、自分を認めましょう。  自分で自分を褒めることを許しましょう。  それは自惚れではないのです。愛なのです。  自分を愛する事は、自分の存在を認めることです。  そしてそれは、他者への愛へと自然と繋がります。

 

 

 

「やりたいこと、得意なことをやって、自分にとってストレスや負担になることはやらない」ということ。その中で、さらにスキルアップし、よりいいものが生み出されるというスタイルです。

 

 

 

ただ、私たちを生かしているのは日々の生活です。人生は今日と明日の繰り返し。先のことはわからなくても、「今日一日をどう過ごすか」「明日、どうしようか」で生きていけば、それでいいのではないかと思うのです。幸せかどうかを決めるのは、最後は自分自身なのですから。

いたずらに不安になるよりも、今を「ガハハ」と笑って過ごしたい。

 

 

 

私にとって漠然とした不安から脱するのに一番重要だったのは「足るを知る」事でした。

不安というのは「足りない」ではなく「分からない」事からきていると思います。

我慢ばかりして身体を壊しながら、使い途の無い大金を貯める意味など始めからなかったのです。

 

 

 

そもそも人は「楽しい気持ちを感じる」と生き生きします。
というより、「楽しい気持ちを感じるために生きている」と言っても過言ではありません。


そして、楽しく生き生きする日々を送るための1つの手段として、仕事をしたり、家事をしたり、食事や掃除など身の回りのことをしていますよね。

 

 

 

得よう得ようとすると、うまく行かない。
自分で得たものなんて、何一つない。
 
自分の体だって、もらったものだ。
全ては授かりもの。
 
何かを得ようと焦るよりも
授かったものに感謝しまくって、
その感謝を味わいつくそう。

「八」は神様の気配を表し、「向」は窓明かりが差し込む祈りの場の意味がある。2つを組み合わせて、祈りによって神の気配が現れたことを表現する。

私は常々、「何事も〝八十%主義〟でいい」と考えている。いや、年を重ねた近年は、「六十%でけっこう」とさえ思っている。

 


「たとえば、仕事が忙しくていらいらしているようなときは、あまりしあわせではないでしょう? でも、デスクには大好きな花が飾ってあるから、私は大丈夫。仕事の手を休めて花を見て、『あ……またしあわせになっちゃった』と呟くだけで安らげます。  あと、とにかく食べることが好きだから、おいしい食事をすれば、それだけですごくしあわせになれます。海外に旅行したときなんて、食事のたびに『あっ……またしあわせになっちゃった』って言ってますね。そうすると不思議と、旅がより楽しくなります。

 

 

 

心が安らぐ感覚にほんの少し敏感になるだけで、ストレスフルな毎日の〝ガス抜き〟ができる、心にいい趣味がきっと見つかるに違いない。

 

 

 

「たとい雨降、雪降ともおもしろかるべし。童心の時には雪遊びをせしものと思い出すべし」

 

 

 

自分が変われば世界も変わるということに気づいていない

 

 

 

「変わると、楽しくてしようがなくなるんです」

 

 

 

 ユーモアは、自らの「窮地」を笑い飛ばして客観的立場に立ち、解決方法をうまく見つけるための一つの「知恵」ともなっているのだと私は思っている。まずは、なにに対しても「おもしろい」という言葉を発してみることだ。そこから人生は、想定外の楽しい方向に展開していくはずだ。

 

 

 

老後が不安ならお金を貯めるのもいいけど

それ以上に自分の中に何を貯めるのか

自分を幸せにできるのは自分だけ

お金を使って今から自分を幸せにしましょ

 

 

 

 


「なんとなく楽しそう感」が人を集める

 

 

 

風が吹いていないときは、何をやってもダメだし、逆に、風が吹きはじめたら、何をやってもたいていうまくいく。だから、今は風が吹いていない時期だと思ったら、ジタバタとムダな抵抗はしないで、淡々と過ごしていく。 ただし、いつ風が吹くかは誰にもわからないので、風がいつ吹いても全力で走れるよう平素から準備をしておくことが大切です。

 

 

 

グチグチ悩んでいるより、「今日は1つ面白いことを何かやってみよう」と行動したほうがいい。  今の自分が幸せか不幸かなどは、極論すればどうでもいいのです。  そのようなことをいちいち考えずに、毎日毎日を楽しむ。

 

 

 

いろんな人がいるってこと。
自分ってダメ人間だなぁクズだなぁって思ってても、もっとクズな人間は世の中にいくらでもいるし
自分ではダメ人間と思ってても周りは全然そんなこと思ってなかったりする。

 

 


アラフィフだけど、我慢とか忍耐とか努力は報われるとか嘘。

周りを気にせず好きなことやったもん勝ち。

他人(親兄弟も)がどう思おうがどうでもいい。

自分が楽しいか楽しくないか。

周りの評価ばかり気にして生きてきたけどそれが間違いだとやっと気づいた。

 

 

 

現在の結論は、人生は自分への接待だと思ってます笑 

他人には気を使っても嫌われるし、助けても損をするし。 

自分が望んでいることをしてあげることが幸せだと気がつきました。 

職場でもお家でも、自分を最優先してたくさん大事に接待してあげることで、陳腐な言葉ですが世界が変わりました。

 

 

 

自分の人生が他人と違うことを不安に思うのではなく、プライドを持とうと考えた。こんなユニークな人生、誰も生きられないぞ、と。

だけど考えてみたら、人の人生はすべてユニークだ。世界中探してみても同じ生き方は二つとない。

 

 


平均や標準モデルと比較しないで、自分の選んだこと、合ってることを淡々としてたらいい。

 


体力や気力は若い頃より落ちてきてるから、手当たり次第、危険スレスレなことはもうしない(選ばない)けど、それは自分らしさの精度が上がってきてるってことで、より自分らしい体験をこれからは選ぶんだろうなぁ…と思うと、歳を重ねた甲斐があります。

 


既製の何かに当てはめようと目指すのではなく、自分をますます極めていく作業にとりかかるタイミングなのかなぁと思って、これから楽しみです。

 


「八」は神様の気配を表し、「向」は窓明かりが差し込む祈りの場の意味がある。2つを組み合わせて、祈りによって神の気配が現れたことを表現する。

隠者の持つ灯りは暗い道を照らし、進むべき道を示しています。その灯りを持つ人物は長い人生で蓄えた智恵を持ち、導き手となってあなたが進む道を明るく照らしてくれているのでしょう。

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なんというか、力が入りすぎてるんですわ。  仕事人生は、長~く続いていくものです。  あんまり大きな期待や思い入れを持ちすぎていると、失望したりイラつく原因になります。  世間体とか地位とか名誉とか、いろんなものにガチガチに縛られて、人の目を気にして働いていたら、そら疲れてしまいます。そんな無理を続けてたら、何十年も働く前に倒れてしまうかもしれません。  みんながみんな、しゃかりきになって働く必要はないんですわ。

 


余計な力を抜いて、「まあこれくらいやってやるか」「今はそういうときなんやな」と、変に力まず素直に受け入れてしまったほうがラクですわ。

 

 

 

 

「こうあらねばならない」っちゅうのは、荷物みたいなもんです。

 


単純な話で「こうあるべき」と強く思ってがんばりすぎているときは、「欲求不満」なことが多いんですわ。

あきらめるというのは、自分の生き方をハッキリさせてやることでもあるんではないでしょうか。

 

 

 

お金であれば貯蓄ができ、最悪の場合には借金もできますが、体力は貯めることも借りることもできません。老後を、お金がない状態で迎えるより、体力がない状態で迎えるほうがよっぽど不安です。  体力づくりは今を生きることであり、将来の生きる活力をしっかりと自分の中に蓄積することです。

 

 

 

 


結局、私たちは余計なことを考えて余計なものに手を出し、余計な評価を獲得しようとするから、余裕がなくなるわけです。  シンプルに、「本当に自分を幸せにするために必要なものは何か」ということに向き合えれば、実は、世の中のほとんどのことはどうでもいいことになるでしょう。

 

 

 

仕事で幸せになるというのは、タカが知れている、ということです。
 もちろん、給料が上がったり昇進したりするのは嬉しいことですが、私たちの生活に直接幸せをもたらすか、といったら、それはちょっと違うんですね。
 それよりも、いつも部屋がきれいに片付いていて、キッチンに行くとおいしいご飯や飲み物を作ることができ、着るものはちゃんと洗濯された清潔な服で、ベッドのシーツやカバーがパリッとシワが伸びていて気持ちいい、というほうが絶対幸せなのです。
 そうした空間と時間は快適そのものでストレスフリーですから、体と心の疲れをリセットできるので、仕事に対するモチベーションが上がることも実感できます

 

 

 

 


売っていないもので勝負をするためには、「つくれる」ことが大事です。
それは、ゼロからじゃなくてもかまいません。
既製品を改造するだけでもいいです。
とにかく「売っていない」ことが条件です。
それができたら、強い競争力を持つことができます。

 

 

 

 


セルフケアは、一生、自分でしなければいけない大切なことです。片付けのスキルを磨くことは、セルフケア能力をも高めてくれます。

 

 

 

 


ランタンに灯った火は古代より知性の象徴とされてきました。

 

 

 

隠者の持つ灯りは暗い道を照らし、進むべき道を示しています。その灯りを持つ人物は長い人生で蓄えた智恵を持ち、導き手となってあなたが進む道を明るく照らしてくれているのでしょう。

またその灯りが六芒星として描かれるときは、人々を愛へ導くとも考えられています。なぜなら、六芒星は一つが上向き、もう一つが下向きの三角形を合わせた形で、火と水の融合を表し、上向きの三角形は男性性を、下向きの三角形は女性性を象徴しているからです。

 

 

 

旅の中で困難を乗り越え、ランプと杖があなたを導く魔法の道具へ変化したのです。金色のランプは真実の光を、金色の杖はいろいろな経験から得た知恵、グレーのローブは中間(ニュートラル)の状態です。

そして、ランプに照らされた隠者の足元は、山頂であり断崖絶壁にもなっています。苦難を乗り越えた後にたどり着いた山頂で、ランプ(真実)で足元見て、杖(経験)を活かして注意深く生きていこうという姿が表現されています。

40歳過ぎて「できねーもんは、できねーよ」 って思うことにやっとしました。 みんなができても、私はできない!おしまい。

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やりたいと思えることが一番重要な才能なのに才能論に流されて趣味に手を出さない人は本当にもったいない
一度経験したら未経験の時より上手くできるという単純な話で多くの経験を積めばなんでも上手くなるのに
どう説得しても納得してくれない人が多くて悲しい

 

 

 

 


成長する上で、
物事を乗り越える上で、
自分を守る上で、
今まで必要だった事がたくさんあったし、それがあったからこそ生きてこれたし…

でも、上手くいかない時って、
違うんですよね。
今まではそれで上手くいってたのにそうじゃないのは、それはもう今はいらないよって事なんだなぁと改めて思いました。

損したくない!
許したくない!
受け入れられない!
って固くなってしまってる時はきっと何も上手くいかないし、人の話も聞けないですよねー。

自分は、「まぁ、いっか。どうせ愛されてるから」と思い始めてから、
損したくない、許せない、嫌だって気持ちから少しずつ解放されて気持ちが楽になりました!
だからなんとなぁ~くですが上手くいってるような気がしてます(*`ω´*)笑

 

 

 

世間の人達は色々言ってくるが、誰も私の人生の責任は取れない。だから悩むのやめた33歳。

 

 

 

生まれ持った自分の資質を崩して、誰かみたいになってはいけない

 

鍛えない勇気
学ばない勇気
頑張らない勇気

期待に応えない勇気

 

 

 

 


「足りない」と思って、集めなきゃ!ってしてた時は、いらない物ばかり集めて、会いたくない人に会って、ときめかない事ばかりして「もっと我慢を」ってやって倒れてた。  今、いらないものや関係を手放して、好き嫌いを大事にしてたら、心地よさがだんだん戻ってきた。  まだ練習中だけど、これからは自分の声を聞くぞー

 

 

 

 


日々の暮らしを楽しむには、もっと非効率に、もっと不合理に暮らしたほうがいいです。

 

 

 

 


いろんな事や物に執着しない諦めが大事
抱え込むものが少なくなればすごく楽になる

 

 

 

正直自分のレベルより下げて働いてる。もっと出来るけど6割でいい仕事。
残った4割で子供にご飯を美味しく作ってあげたり自分の時間を楽しんだり。
やらなければいけないことを全力でやらない。
やりたいことをやれる力を残しておく。
所詮人生なんて死ぬまでの時間潰しなんだから。

 

 

 

 

 

 

他人と違う事しよう

違いが目立ってくると「何あの人みんなと違う事して…」と圧力かかるけど

そこをニヤニヤしながら突っ切るメンタルを育てよう

 

 

 

今、将来が不安で5万円を貯金しようとしているのなら、自力で5万円を稼ぎ、自分と社会のために使ってみてください。そうすれば必ず、あなたの生活は豊かになっていくはずです。

 

 

 

 


何事においても、1つのことに「全力投球」でフルコミットするのではなく、方向転換できるよう少しの余力を残しておく。変化の激しい時代には、余地を残して柔軟に対応できることが、結果として最高のパフォーマンスにつながる

 

 

 


コンパクトな暮らしで生活水準をあえてダウンさせれば、自分の貴重な人生を「労働時間」として切り売りする必要はなくなる。だからこそ、モノも固定費も少なく、運に屈しないため何度でもガチャをやり直せるような環境作りが大事になる。

 

 

 

 


40歳過ぎて「できねーもんは、できねーよ」
って思うことにやっとしました。
みんなができても、私はできない!おしまい。

電話ひとつ、できない。いやなんだもん。
でも、自由になる、好きなことやる、ために必要な「できない」はやらなきゃなーと思っています。

 

ストイック人生が悪いわけじゃなく、私にはゆるゆる人生が合うので、もう文句言われても頑張れないものは頑張れないし、出来ないものは出来ないので、私は心屋式人生を楽しんでいきます♪

 

 

 

「間違った競争」から自由になるためには、コンプレックスの量を少しずつでも減らしていくしかない。そのためには「努力して実力を上げる」というよりは自分を買いかぶるのをやめるしかないんだ。身の丈以上のことを求めるのはやめて、つねに等身大の自分でいられるように心を変えていけばいい。

 

 

 

 


仕事、家庭、健康、親子関係、友人関係、趣味のつながりなど、トータルのバランスで考えてみてください。私は、四十代になってから、仕事だけ満点を取っても幸福度はそんなに上がらないように感じ出しました。仕事は「そこそこ」うまくいっていればいいのではないか、と思うようになったのです。

 

 

人は、毎日おいしくて健康的なご飯を食べて、きれいな家で過ごし、清潔な服を着ていればだいたい幸せでいられます。仕事は、それらを実現するための手段に過ぎません。  家は生活の土台で、体と心のチャージ空間です。家事を充実させて家の快適性が上がれば、スムーズにパワーチャージでき、自然と仕事の効率も上がります。

最近開き直った 所詮人生なんて死ぬまでの暇つぶしよ レールから外れてようが知った事か 孤独死上等だわ

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無駄な時間こそ人生、無駄な浪費こそ贅沢ですね。

 

 

 

日々掃除や目的地に向かうといった物事だけでなく、生活するうえで行うこと全てに丁寧にやることに重きを置くようにしたら毎日が豊かに充実してきました。

 

 

 

今までは、お金を稼ぐことが1番でしたが

コロナを機に今は時間と健康が1番大事だと思うようになりました。

 

 

 

ここ最近片道500キロのドライブを

日帰りで連続楽しんで来ました

無駄が楽しいです(^-^)

 

 

 

小林静観さんや斎藤ひとりさんも仰られていたと思うのですが、競争から降りれば人と比べる必要もなくなるような話を聞いてから自分にとって楽しめることだけを考えるようにしています。

NORIさんの"人の上にいこうとするのをやめる"という話をされる度に自分の軸となっていまして有難いかぎりです。

 

 

 

豊かな無駄を楽しんで

のらりくらり生きていきますよー。

 

 

 

 


色んな情報が入ってきますが、余り入れすぎないようにしています。今、出来ることをやるだけやってみたり、鼻歌うたいながらいろいろ楽しんでるところです。何をするにも自分の時間だと思えばやっぱりポジティブに考えた方が楽ですね🎵

 

 

 

 


あれがないこれがないと思っても仕方ないから、ないならないなりに残りの人生楽しむ方向に持ってかなきゃ時間の無駄だなと。人からどう見られるとか他人の成功とか気にしないようにした。SNSやめて大事な友達意外全部遮断したら楽になって、新しい事にチャレンジ出来たよ。

 

 

 

行き先の到着方法なんて色々あったっていいし、到着駅を変えてもいいでしょ?

今の経験があなたの人生を面白いものにしてるだけ。

到着駅で降りて楽しんでもいいけど、行く道のりを楽しむ旅もあるよ。

 

 

 

最近開き直った

所詮人生なんて死ぬまでの暇つぶしよ

レールから外れてようが知った事か

孤独死上等だわ

 

 

 

レールの上をいくより、オフロードのタイヤを手に入れた方が楽しいしつよい。

 

 

 

 


人生は85くらいにならないと良いも悪いもわからんから全く気にする必要なし

 

 

 

あなたによれば社会的な価値観でいえばあなたは
価値が低い、というようなことを書かれていましたが、
だったらそんな嘘っぱちの価値観なんか捨ててしまえばいいです。

どこに「社会」があり「価値観」があるんですか?
あるにはあるがそれはあなたの頭のなかにだけ。

証拠としてはあなたが熟睡すれば、そんなものたちは消える
でしょう。 起きて思考したら出てくる。 つまりあなたの
認識、思考によってしか成り立たない論理や景色なんですよ。

あなた中心に生きてください。 他人や未来の妄想ばかり
していては幸せはこないですよ。

「君は君になれ」(ダンテス・ダイジさん) など
なかなか素敵な言葉ですよね。 (^^)

「自分を信じる」ってのは、噛み砕くと。 「これでいいんだと思える」ってことだよね 自分という存在に対して。 これでいい。 と思えること、納得してること。

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失敗しても気にしない。出来ることができなくなっても気にしない。志は高く持たない。一から学んで、少しずつでも進歩しています。だから、絶対に遅いってことはないです。練習していて上手くいかずに、「もっと若い時にやっていれば」って思ったあなた。それは自分を過大評価しすぎています(笑)
若いころやっても、同じように、いえいえ、それ以上に出来なかったと思います。若いほうが我慢できないですからね。だから、気にせずどんどんはじめましょう。

 

 

 

バカ「楽しんだもの勝ちっしょ」これは意外と真理。
妥協も幸せの一つだよ。合理化のもっともたるだよ。他人の真意はわからんよ。
楽しんだもの勝ちが一般的な自身の価値と思いがちだが、
他人に提示された幸せなど無意味。自分で幸せだと感じるものならなんでもいい。
俺が感動した数と量と内容が、俺の価値を決める。
 
 
人と比べなくなった時だろうな。人目を気にせず自分のやりたいと思ったこと(犯罪とかじゃなく)をやって生きることが出来たら、それはもう無敵の幸せだと思うよ、

 

 

 

 


頑張って
頑張って
成功したけど

さらに頑張って
頑張ってしてたら

不幸になってしまいました
頑張らない時の方が

お金はなかったけど

毎日気楽で楽しかった

人間は不思議ですね

 

 

 

 私たちが仕事に対して欲している一番のもの、それは成功と同時に「楽しさ」であるということを思い出してください。  いろいろ試し、起きている偶然に気がつき、新しいことを始めること――そこで得られる楽しさは格別なものです。

 

 

 

 


今持っていないものを手に入れようとするのではなく 、今あるもので 、存分に「価値あるゴミ 」を分かち合ってゆく 。それが 、大好きなことをビジネスにする、第一歩なのです 。

 

 

 

貴方はペ ースを落とさずに 、むしろ上げて 、周囲の人を置いてけぼりにする道 」が 、貴方がより売れる道になります 。

 

 

 

お客に価値を伝えるための方法とは 、 「楽しんでいる姿を見せる 」ということです 。空気を読まずに 、楽しんでいる空気を作るのです 。貴方の空気が強くなり 、広がったら 、周囲の人たちは貴方の姿を見て 、 「私もやりたい 」と思うようになるのです 。

 


毎日している事を思い起こすと、身の回りの環境と自分の心と体のケアをちゃんとするのがいちばんご機嫌になれている気がする。

 

 

 

例えば成長しようとする。
すると、どうやら苦労した方が良いって聞く。
どんどん苦労することに夢中になるw
これも目的と手段が入れ替わってる。
 
ほんで、そもそもなんで成長したいのかって言うと、幸せになる為になんだな、俺の場合。
 
だから、苦労も成長も単なる手段の一つ。
 
幸せになる為が目的なら、笑えることを探せば良いのさ♪

 

 

 

 


数年経った今、何があったわけじゃないけれど、
あの時よりは元気な心を持って生活しているよ
時間が解決したり、気持ちが変わったり、
何かが勝手に変わることもある
とりあえず消化試合でも
ボーナスステージやラッキーチャンスがあったりするかも
長くてごめん
でも、無駄に死を選ぶより、適当に生きてみようよって言いたい

 

 

 

 


一時的には収入は落ちようとも、別に焦らず、落ち込まず、ヘラヘラ、ぶらぶら、好きなことだけやっていたのです。

頑張った末に得られると思い込んでいる価値が、実はすでに自分には充分あるはずなんです。

 

 

 

 


深刻の反対側にあるのは何かと言えば、

「意味不明!爆笑!」
 
だよ。
 
深刻が「1つのことに囚われて他のことが考えられなくなること」だとしたら。

 
囚われないのは、意味不明ってことだ。意味不明なことには囚われることが不可能だしな。

 


「自分を信じる」ってのは、噛み砕くと。
「これでいいんだと思える」ってことだよね

自分という存在に対して。
これでいい。
と思えること、納得してること。

期待もされてないんやったら、テキトーに自分が喜ぶことだけしまーす ゲスを受け入れると楽ちん! 余計な力をぬいて、そのまんまで生きます! これからは楽しむだけじゃ(๑˃̵ᴗ˂̵)

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世の中や他人に迎合しない方がいい人生が送れると思いますね。自分のカンを信じて、オリジナリティを大事にした方がいい。

 


自分のスタイルみたいなものがあるとしたら貫いた方がいいよと言いたいですね。他人の目ばかり気にしてたら生きてて楽しくないし、後悔が残る人生になるんじゃないでしょうかね。

 

 

 

悪魔祓いの偉い先生は「どんな悪魔も患者さんの心がワクワクし出さないと治らない」と言いました。


 それから「どんな人に悪魔が憑くのか?」と聞くと、悪魔祓いの先生も村の人も一様に、「孤独な人に悪魔が憑く」と言うのです。

 

 

 

 「われわれの社会が成熟した」という意味は、1人ひとりが成熟して個性豊かな人として扱われて、一番自分にフィットする生き方を選べるということであり、これが「豊かに生きる意味」につながっていくのだと思います。

 

 


“人生には頑張る時と、休む時がある。あなたは休まないで頑張り続けてきた。

今はその分休む時なのである。今あなたは休むことで次の幸せの時代を準備しているのである。休んでいることが次のエネルギッシュな時代の準備をしているのだということを忘れてはならない。きっと春が来る。それまで休む。”

 

 

 

趣味や好きなことに没頭するとか、それが無いなら資格を取る勉強してみるとか夢中になる時間があると他人より自分のことになるよ。
スポーツ好きなら身体動かしたり。
沢山の本を読んだり。
どんなに他人が羨ましくても、その人になれるわけではないし少しでも自分を満たしてあげることが大事だと思うな。

 

 

 

今人生の底辺にいるから
SNSは、しない。見ない。人と関わらないようにしてる。
じゃないと何をやっても他人を羨んで辛いから。

 

 

 

 


いいなぁ、幸せそうで羨ましい。
と思ったあとに、
まぁ、私が一番幸せだけど。を追加する。
そうすると、なぜ私が幸せなのか、考えるようになる。視点が他人ではなく自分になる。

 


本当のあなたはもっと自分勝手で自分本位な生き物のはずです。
貯金なんてしないで、もっと自分勝手にお金を使い、嫌いな人からの誘いを断って自分1人で遊び、仕事なんて成果を目指さないで適当にやる。
これが本来のあなたの姿のはずです。

 

 

 

サボると聞くと嫌なイメージしかないですが、仕事が長続きしてる人ほどサボるのが上手いです。
仕事で偉い人になっている人ほど喫煙所でたばこを吸っていますし、若くて世渡りが上手い人はトイレの個室に隠れてスマホアプリをしてる人も多いです。
この様に、仕事なんて真面目にやらないでサボりながら働く方が、確実に精神状態は良くなりますよ

 

 

 

 


脚を鍛えると体を軽く扱えるようになります。そして多少の事では疲れなくなります。その体力が人生にとってどのくらい有利な事か・・・

 

 

 

 


僕らは
クズで
カスで
なんの価値もないのよ
 
だから
 
好きなことすればいいのよ
怒られればいいのよ
失敗していいのよ、
 
だってクズなんだもん(笑)

 

 

 

期待もされてないんやったら、テキトーに自分が喜ぶことだけしまーす

ゲスを受け入れると楽ちん!

余計な力をぬいて、そのまんまで生きます!

これからは楽しむだけじゃ(๑˃̵ᴗ˂̵)

 

 

 

 


楽にいきるためにもっとも大事な考え方は、自分の人生は自分だけのものであり、自分次第でいかようにも変えられるということです。

 

 

 

身の回りを整理し、気持ちも一緒にすっきりとした気分で前に進むことは大切なことなのです。
人生をやり直すためには、まずは自分の中でリセットボタンを押すことが必要になるのですね。

 

 

 

自分で稼ぎ、生活し、生きていく力があり、その力に自信を持てるようになれば人生はずっとラクになります

 

 

 

適切な食事や休暇、趣味や運動などで「気」を養っていかないと、生きるエネルギーとしての「気」は消耗していく一方。元気がなくなると、病を患い、いずれ死に至ることになります。

 

 

養生訓の答えはストレートです。心を穏やかに、怒りと欲を抑え、憂いや思い煩いを少なくし、自分を苦しめない、ということです。