春風の剣 電光石火の剣

超絶怒涛の疾風迅雷

現代は「意識的に自分自身をデザインし、ブランド化していく時代だ」と考えている。


天才とか偉人と呼ばれている人は、学ぶことがうまい。あるいは学ぶ情熱に溢れている。
読書のトレーニングは、筋力トレーニングと似ている。


活字量は、基本的にその人の思考速度に比例します。


環境が、激変する現代は「何事にも屈しない鋼のような精神力」より

むしろ、「どんな変化にも対応できる精神力」が必要。

 

脳内と本棚の図書館が貧弱だと、そのときどきの自分の感情が世界の中心になってしまい
すぐに腹を立てたり、絶望したりしてしまいます。

 

やじろべいは腕が一つだけだと、パタッと倒れてしまいます。
腕が多いほど、そして長いほど、やじろべいは倒れにくくなります。
本棚を持つことで、そういう強い心の支えを自分のものにできるのです。


他に従属しない独立自由をめざして、犀の角のように独り歩め。

犀の角が一つしかないように、正しい道を求める者は、他の人からの意見に煩わされることなく、
たとえただ独りであったとしても、自分に確信を持って生きていきなさい、というわけです。


ブッダ
「人が何をやったか、やらないかを気にしないで、自分のやったことのみを見よ」


読書をすることにより、頭の中のイマジネーションの世界に遊ぶ。そんな人にしかできない娯楽を生きている時間内に楽しまなくてどうするんだ。ということです。

 

実に便利に享受できるような遊びというのは、脳を使わない分、やっぱりやりがいに欠ける。喜びは自ら作り出した方が面白い。
受け取ってしまうよりも、やったことのほうが面白い。
だからたぶん、つくるのが面白い。

 

修行時代には、これがどのくらい将来お金になるかとか、そういうことを考えないで、勉強するということが大切なんだな。


言葉の力は偉大です。言葉というものを中心に据え
はじめて、私たちは自らの感覚や思考、個性などを整理し、人間関係能力を高めることができるのだと思います。

 

 

反省させると犯罪者になります。
反省文は、反省文を書かされた人の本音を抑圧させているということです。
抑圧はさらなる抑圧へとつながり、最後に爆発する。

 


孤独になるのが恐かったこと
子供が自分の弱さを言えたとき、聞き手は
「よく話してくれたね」とねぎらいます。

否定的な感情をはき出すことが出発点。
問題行動が起きたとき、その直後に反省させることが
いかにダメなことか。

真の反省は
自分の心の中につまっていた寂しさ、悲しみ、苦しみといった感情を吐き出せると、
自然と心の中から芽生えてくるのです。

 

本音を話し合える時間を仲間と共有できたことへの喜びです。
否定的な感情を吐き出せなかった者も、出せた者も
共通して言えるのは
彼らはみんな
「人は人に頼って生きていく」
という考え方を身につけたことです。

 


自分の生き方の問題点を自ら洞察し、
「ありのままの自分」「弱音を言える自分」でいいという価値観を持つ。
何より人に頼って生きていく方法を身につけることです。
人に頼って生きていくことができれば
彼らは「人」の存在の重要性に気づくことが期待できます。

重要なことは表現すること。

人に頼ることを大切にする。

 

 

 

自分を低い位置に置いて謙遜してダメだダメだと言い続けるのは、はっきり言って時間の無駄です。社会生活を過ごすために、表面的にそんな風に振る舞うのは何の問題もないのですが、こういう「謙遜的態度」が心の隅々まで染み渡って
本気で「自分なんて・・・」とかやっているのなら、それはやめましょう。

 


自分はこの部分が欠けている。他人にはこの部分があるのに、なんで私だけ欠けてなきゃいけないの?という不満です。

 

無いものねだりでスネていじけています。
確かにあなたは完全な人間ではありません。
自分は完全ではないという、ごくごく当たり前のことすら全然受け入れられない程度に
自分に甘いのです。

あなたはあなたなのです。

どんなに暴れようがいじけようが
今あるものだけがあなたのものです。
その事実を受け入れない限り、現実は歪んで見え、この世の不幸やつまらないものばかりが目に映るでしょう。

 

呼吸をとめてなるものか。この呼吸が続くかぎり。


低コストではじめ、低コストでやり続けることが
実はもっとも強力な成長戦略。