死ぬまで、どれだけ楽しい思い出を作れるか。
その為に今何ができるかを考える。勉強したければする。お金が必要なら働く。元気な身体が必要なら健康に気をつける。
今日のEテレで、ふなっしーが語ってて、ハッとしました。私、まだまだ楽しい思い出ないや。作ろうともしなかった。作ろう。
終わったと思ったことある。
でも、数年後、こりゃしばらく死んでられないな!と思うような毎日になったよ。
生きていれば状況は変わる。
今が最悪なら、どういう自分が最高か、どうありたいか具体的に思い描きながら生きることだよ。
知らないうちにそれに向かって生きていく自分がいるから。
私は仕事も恋愛も全く真っ黒でいつ死んでもいいやと思っていた20代から、35の今は一生やっていける職と一生をかけて守りたい家族が出来たよ。
死んでる暇ないわ。健康に気を付けなきゃ!
なんだか本当に人生終わったーーとか思って本気で死のうとして自殺したんだけど生き残っちゃったんだよね私。
友達は軽い気持ちで自殺未遂するつもりがあっけなく死んじゃったよ。
死ぬ時は死ぬ。死なない時は何しても死なない。
1度「死」に近いもの味わったらわかるかもね。
生き残っちゃったから、残りの人生は消化しかない。
どうせ消化するなら楽しもうと思えた。
そしたらなんだかイロイロ見えてきて、今楽しい。
息出来る事にさえ感謝出来る。
頭痛がない日はそれだけでハッピー。
ウンコブリブリ出た日はすごい元気。
ご飯が美味しかったら体が動く。
良く寝れた次の日は頭がスッキリする。
イロイロ気付いたら、心が元気になったのかな。
私は全力で死ぬ為に生きる。
「命には限りがある。だからそれほど無理しなくても大丈夫。失敗しても大丈夫」
そう思うと、逆に結構がんばれるものです。苦しいことも、人生と同じで終わりがあります。だからきっと、楽に生きられるときがくるはずです。
うつのことを「エネルギーと生命力がありながら、出口をふさがれていることで、中で発酵するもの」と語っています。
うつを治すよりも、うつとうまくつきあうくらいのほうがちょうどよい気がします。
うつから抜けようともがくよりも、「うつ君、一緒にいてもいいよ」、と割り切るくらいのほうが、あまり悪さをしなくなるのかもしれません。
「20代の頃は、変わりたいの一心で、ああでもない、こうでもないともがき苦しんでいました。それが30代になると、もうあきらめというか、求めなくなっていったんです。
あきらめた直後は、ショックと、追い求めることから解放された安堵感が入り交じり不思議な感覚でしたが、今はショックはあまりなく、日々おだやかに過ごしています。
求めない、それは、今あるものに感謝すること。
私の場合は、家族。それから、五体満足であること。
心地よい風が吹いてきたときには、それだけで、こころの底から幸せを感じます。
今日はたわいもない話をしながら、おだやかな、心地よいときを過ごせました。
生きていると、たまに、いいことがあります。とっても幸せです