2018ラストォォォ!
独身のとき、しょうもない焦りとか絶望感があった。
結婚はゴールではないし、結婚してからのほうが人生長い。結婚したって離婚したりボロボロになる可能性もあるし。
今は独身の時よりはまあよくなった。夫と子どもがいて、自分の居場所がある。
幸い夫に不満はないし、夫は家事育児やるし子どもは可愛いが、ふと独身のときのしょうもない気持ちが蘇る時もある。
私にとって結婚は選ばれ合ったとかではない、居場所ができたというのがしっくりくる。
あと、書きこんでる人自分を大切にして。自分のことゴミみたいに扱ってたら他人からもそう扱われるから。
宝石のように大事に扱うと他の人にもそう扱われる。
世間体は気にする必要はないよ、意味ない。
人と比べるのを辞めたら少しだけ世界は変わってくる。
必ず観てる人はいます、それが通行人だとしても。貴方が楽しいと周りも楽しい、それは事実だよ。
疲れたら休んでまた、頑張る。それの繰り返し。
それから別に頑張らなくても大抵はうまくいく、肩の力を抜く。
色々な人がいる、幸せそうな人もみんな本当のとこは当人にしかわからない、羨む必要はない。
ここに書き込みしてる人が笑顔でいること望むよ。
あとはどれだけ苦労を背負い込まずに楽しめるかにかかってる気がする。
お釈迦さまは「この世は無常だから切ないね」なんて平家物語みたいなこと言ってません。「この世は無常だから、あなたは変われるんです。昨日までのあなたと訣別して良いんですよ」と、こう言うておられる。それが事実。
人生の意味とか、自分の存在意義とか考えたらあかんよ。
大河の一滴だよ、思うがままにいればいい。
食べて寝るだけでもいい、DNAのバトンリレーに過ぎないから。
自分だけは自分を大事にしようって思ってるよ…
丁寧に生きてこうって
ブラウスにアイロンかけて
姿勢気にして
髪の毛もちゃんとして
子供の時から親やからも雑に扱われてた。
せめて、自分だけは自分をさ
大事にして
笑い飛ばしちゃおうってね╰(*´︶`*)╯
自分の為に生きる
周りから避難されてもやりたくないことはやらない
大人になったらこっちの物
わたしの主導権はもう誰にも渡さない
そうする事で物事がスムーズに進むようになったよ
働くために生きるという価値観がいけないんだと思う。
他の国はどうか知らないけど、日本では働く事に結びつくものは善、そうでないものは悪という価値観に毒されてる。
子供の時からやりたい事、得意な事を見つけても「そんなの勉強と関係ないでしょ」「そんなものでは食べていけない」と芽を摘まれてきた人がほとんどだと思うし、それが「大人になる=安定して稼げるもので生きていく=やりたい事を諦める」という構図を作り出す。
でも冷静に考えると、稼げない=諦めるべきって何かおかしいよね。
やりたい事をする方法は仕事じゃなくても、趣味でもボランティアでもいくらでもあるのに。仕事してお金稼いでるなら尚更。
やりたい事、得意な事ってその人の生きがいみたいなものだから、それを取り上げるのはその人の生きる意味を取り上げるのと一緒なわけよ。
この価値観が生きる意味を見出せない人の増加、ひいては年間3万人の自殺にもつながってるんじゃないかと。
次生まれ変わったらゴキブリかもしれないんだよ?
今を楽しもうよ
光だけを、たどっていこう。
闇は受け入れ、飲み込めばいい。
「この生き方、明日どうなるかわからないけど、不安定だけど、なぜか心は満たされて安定してるよね。こんな幸せな生き方ない」
わたしたちの魂って、
いつもわたしたちを豊かなほうへ導くために
四苦八苦してるんです。
めちゃくちゃびびりながらも、
恐れを越えて、行動
先達が豊かなのは、たくさん行動して、経験を重ねているからです。
地球では、それが必須。
なりたいものへ向かい行動した厚みが、結果に繋がっていくからです。
実は、自分に対する信頼度が高い人って、色気があるんです。
他人が主語の質問してくる人って、
要はただのビビりで、本当はやりたくないんですよ。
自分がやりたいことやらないのを、他人のせいにしてるんです。
宇宙が男性的で、常に与えようとする。
それに対しわたしたち人間は、女性的にただそのインスピレーションを「受ける」だけ、と。
実はわたしたちが能動的だと思っていること、思いつきやアイデアは、受動的なことです。
ゆるんでいるときに素晴らしいアイデアが降ってくるのも、そのためです。
そう考えれば、現代のわたしたちはその宇宙からの大きな愛を拒否しているがために、迷走しているのかもしれません。
歯車が噛み合っていないということです。
まるでセック◯レスの夫婦のように(笑)
等身大で、リラックスすること。
それが、宇宙という大きなエネルギーとの交流になっていくのです。
生きることは、性そのもの。
男性的なエネルギーの交流と、女性的なエネルギーの交流が、わたしたちが心惹かれるものであり、生きる意味だからです。
「ほんと嫌になっちゃうんだから。わたし頑張ってるんだから、この気持ちをなぐさめてほしいわ。心の支えが欲しい。」
女性が幸せでいるためには、目標を達成することでも、地位が向上することでもありません。
身近な人に、自分の心を打ち明けられ、気持ちが救われることで感じる、「精神的な支え」なのです。
だから、「死にたい」って、実は「もっと生きたい」ってこと。
もっと自分を、このいのちを生ききりたい!ってことなんです。
もうやだって思ってる人。
本当は、もっとやりたいってことじゃない?
人間ってあまのじゃくだから、実はそうなってるんだよね。
もっと生きたい、もっと爆発したい!
自分というものをめいいっぱい表現できているか。
自分のいのちを生ききれるか、それが幸福度に繋がっていくんだと思います。