我慢に我慢を重ねて正しく生きてきたけど
ガンになった。
生きてればいい事があるって考えるのはもうやめた。
全部「ある」ことに
気づくためには
「得ようとしない」
「努力しない」
ことでしか
気づけない。
新しいことに取り組むヒマがあるなら、
今やってることを
一つでもヤメる決意の方が、
自分に自信をくれるんだよ。
健康って財産、資産に近いと思うんですよね
今は、その頃できなかったこと、
甘える、あきらめる、逃げるをやってみています。
そしたらみんな優しかった!
自分が自分に優しければそれでよかったんだ。
もう強い人は目指しません。
弱々しく図太く生きます!
「お疲れ様です。もう十分にがんばったんだから、やめちゃいな」
心がポキッと折れて潰れてしまう前に、ポジティブにしなかやに会社や社会をトンズラするべきなのです。
雑草はいっせいには生えてこないので、環境の変化によって全滅することはない。それが雑草の強さの実態である。
今日の仕事を無事に終えたら、その後のビールを飲むのが無上の楽しみといった心境で、日々を吞気に過ごしてみてはいかがでしょうか。
開き直ると無駄にあがかなくなるのでゆったり構えられるし視野が広がって楽しめる様になると思う♪
そうすれば良い話も舞い込みやすくなる~♪
今まで「問題だ」と思っていたことを「そうなんだ~」と許して受け入れることができたとき、人は大きく成長するのです。で、なかなか思えないときには、「思えないんだ~」でいいのです。 え? 僕もまだまだですよ(笑)。それでいいんです。
「欲しい豊かさを作り出すクリエイティビティーを身につける」→「支出を減らす」→「収入を増やす」
ぼくにとっては、自給自足の生活こそが、どんな仕事より自由に見えた。なにしろ、年に三十~四十日働ければ、あとは自分の好きなことをして暮らせるのだ。自給自足の生活は、太陽が沈むとともに終わり、あとはなんの気兼ねもなく自分の趣味に没頭できる。それにひきかえ商売人は、くる日もくる日も頭を悩まし、一年じゅう、心休まるときがない。
生まれた時がスタートで、死ぬ時がゴールだと、ずっと走り続けなきゃならないのか、とちょっとげんなりした気分になるところを、
今がまさにゴールですよ、と言っていただけると、あとは楽しんで歩いていこうって気持ちになりますね。
それがいくつの時でも、ちょっとしんどいなって気づいた時をゴールにしたらいいんですよね。
ありがとうございます、気が楽になりました。
「大丈夫」「僕はがんばって、がんばった末に、もうこれしかないと思って、この言葉を唱え続けたら、自分の幸せのベースができたんです。唱え続けることで、安心が手に入った。それが、そのまま僕の存在給になりました。不安が減り、存在給がポンと上がった。」「結局、がんばっていたのは、「あなたは大丈夫なんだよ、ほんとに大丈夫だから・・・」という「安心・安全」を手に入れたかったからです。「安心・安全」だから、ほんのり、ずーっと幸せなんです。自分は大丈夫だと安心し、がんばるのをやめる。じつはこれが、50代から悠々自適の生活を送る秘訣なのだと思います。」「お金にこだわらずに、「先に」自分の好きなことをやる!これに尽きます。」「うまくいくこともあるし、うまくいかないこともある。うまくいかなかったら、またやり方を変えてみる。そうやっていき着く最終的なゴールは、何をやっても、これをやっても、それをやっても「大丈夫」。その「大丈夫」にたどり着くのです。」
職業や経済に限らず、ずっと一流だった人が癌や糖尿病になったり、逮捕されたり、自身や身内が事故とかで障害者になったりしてるのがカウンセラーになってから分かったから、私はもうほぼ全てのことにコンプレックスを感じなくなった。
逆に家族も金も学歴も容姿も何も持ってない人でもフリーランスで成功してる人も見てきてるよ。
ゴールはライフスタイルで決める
いくら収入が増えても、人生の生き甲斐や喜びは増えません。既に十分に食べていけるのであれば、クリエイティビティーと、そしてそれによって導き出される「どんな生き方をしたいのか」というゴールの方が重要になるのです。
ものを捨てれば捨てるほど、クリエイティビティーが育つ、ということです。
目の前にある問題に対して、少ないものだけで何とかしようとすると、工夫をせざるを得ません。
「スキルを身につけることで、いろんなことができるようになった」と実感できればできるほど、そしてそれが実生活の役に立てば立つほど、深い感動と喜びを味わえるのです。
便利な道具があればあるほど、「自分の価値」も薄れていきます。というのも、大切なのは便利な「もの」であって、「人」ではなくなってゆくのですから。
便利にするためにものを買い込むようになって、そして「お金を使って楽しさを失ってゆく」、「お金を使って自分の価値を失ってゆく」のです。ものが多ければ多いほど、クリエイティビティーは必要なくなるのですから。