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まあなんでもいいかぁ

人間というのは、すぐに惰性に流されて感覚が麻痺して
自分のいる場所や自分のやっていることの変さに
気づかなくなるものだ。

旅でいったん日常をリセットして距離をとって振り返ると
普段の生活のおかしさや行き詰まりや
もしくは、なんでもないようなことが幸せだったことに気づく。

人と話をするというのは、生きる上でとても大事なこと。
というより、それ自体が人が生きているという目的なんじゃないかと思う。
人は人と会話することで、生きていくことができる。
なにかを生み出すことができる。

ひとりで考えることも大事だけど、だいたいそれは出口が見えない。
出口が見えないのはきつい。
それわかるよ、と言われるだけで割とすっきりする。
別に何も解決していないのに。

 

そう、解決しなくても、人と話ができればスッキリして、生きていける。
人間うまくできているものだ。
お互い「今日はいい話ができたな」と思えば
気持ちが晴れ晴れして、きっと何かをはじめられる。

 

突然転がりこんでくる出会いも、結局は自分次第なところがあります。
自分の行動次第で出会いは増やすこともできますし
チャンスを手に入れる瞬間は人と関わっている瞬間です。

新しい出会いは、人を通じて新たに出会います。知らなかったことも、人から話を聞くことで知ることができます。

 


人と出会ってコミュニケーションを交わすことそのものにあります。
人間ほど勉強になるものはありません。
出会うことで新しい考えがどんどん加わり、器がますます大きくなります。
人に話かければかけるほど多くの人と関わりを持つことができます。

 

 

勉強のためには遊べばいいのです。たくさんのネタを持っている人は、それだけよく遊んでいる人です。自分の興味のある分野で思い切り遊んで楽しみ、それを通じて得た知識で話を進めているということなのです。

楽しく遊んでばかりの毎日が続き、「これでいいのかな」
と思っている人が、いつの間にか
遊びを通じて勉強ができています。たくさんのネタを知ることができているのです。


都合の悪いことを他人のせいにしても
結局、「つまらない人生を送る」という
もっとも重い責任を自分でとらされることになります。

現在の自分が何点であろうが、つねに上だけを向いて歩いていけばいいのだ。

後悔ばかりの人生であろうとなかろうと
あなたは死ぬのです。だったら、やりたいことがある今こそ
トコトンやればいいじゃないですか。
死ぬ気で生きてみればいいじゃないですか。
やりたいことをやったもの勝ちでしょ?

頭の中で過ぎた過去を悔やんでいる暇があったら今すぐにでも外に出て行動すればいいんですよ。

 

なにかがほしいと思ったとき、
自分にはそれが足りないのではなく、むしろ過剰に執着しているのではないか?
と考え直してみてください。

何一ついいことがないという人は
実は、何もかも欲張っているのです。


まぁいいかと気楽に行こう。


考えても導き出せないなら諦めて投げ捨てちゃうほうが楽ちんだなって思った。

 

結局この人生なんて一回こっきりだし
今の世の中ってクソまじめに生きるより、少し適当に生きた方が楽かも。
真面目に生きると生き苦しい。

 


他人とくらべるからダメなんだよ。
せっかくこの世に生まれたんだから、美味しいものを食べて、楽しい趣味を見つけて
エンジョイすればいい。

 


ゲームも漫画もスポーツも、アイドルの追っかけも
オタッキーな趣味も、夢中にさえなれるんだったら
それは全部大事なことだ。

周りになんか妙に冷めている奴いるだろ?
何かを作る人は、あれじゃダメなんだよ。
夢中になれるって、一番大事なことなんだから。

自分が「これは夢中になれる!」って思うものがあったら、
それは全部やったほうがいい。
なりふりかまわずやったほうがいい。


夢中っていうのがなぜ大事なのかっていうと
夢中はどんなものにも必要なエネルギーだからなんだよ。
十分に夢中にさえなっていれば、
人の作ったものを楽しむときは「感動」が手に入るし
自分で何かを作るときには「アイデア」を生む燃料になる。

逆に夢中がない状態で何をやっても、そんなのは空っぽで何にもならないんだ。


人生は最高のテーマパークだぞ。自分さえその気なら、この世界には遊んでも遊びつくせないほど面白いことがたくさんある!

なにより成長よりも楽しいを優先。
成長するぞ! とか
努力しなきゃ! という意識高い考えは取っ払いましょう。
技芸の向上は積み重ねた時間を比例します。


膨大な時間こそが、あなたの財産。
外で働く気がない者は、昔の貴族の様に
時間をかけなければ習得できない技芸と、
その技芸を起点とした人脈を作る事を心がけるべきである。


要は時間を小銭に変換するのではなく、時間をスキル、人脈、知名度に変換する作業を行うべきであるということ。

あなたは望みが高すぎます。どうか地道に行動してください。単純に作業量や内容がキャパシティを超えているだけかもしれません。ハードルをもう少し下げて調整してみてください。グダグダしている様に感じるのは、あなたの旅路に一里塚が存在していないからです。
努力は二の次で構わないので、自身の観測方法を確立してください。

 

たまたま、あなたは機会に恵まれなかっただけで、あなたが誰かに対して劣っている訳ではありません。宝くじに当たらなかった事に対してコンプレックスを持つ必要はあるでしょうか。

 

 

 

面白い&役に立つコンテンツ。人に会ったら楽しませる。
一定以上にスキルを身につけて、個人でファンを獲得できたら、ネットでファンを作ってみたら?

 

 

人間が「知人」と見なすのは、「接触回数が3回を超えてから」である。
礼儀挨拶というのは、貴重な接触機会なので大切に使いたい。
年賀状や暑中見舞いでも構わない。探りを兼ねて試みる事を推奨する。


「全くレスポンスが無ければどうしよう?」

と考える方もおられるかもしれない。
レスポンスが無いというのも、こちらが入手出来た相手の情報なので悩む必要はない。

付き合いを継続するか否かは、あなたが選択するべき事柄なので。


また、そういう「型」を無意識にい覚えるには、毎回変化のある違う問題をするより、
同じ問題を繰り返すほうが効率的です。

基礎は無意識に落とし込むほど反復してこそ、本当の土台になる。
基礎は常に更新、あるいは再構築されるものである。

 

 

 

何かがほしいと思ったとき、
自分にはそれが足りないのではなく、
むしろ過剰に執着しているのではないか
と考え直してみてください。
何一ついいことがないという人は、
実はなにもかも欲張っているのです。


恐怖があってもいい。失敗してもいい。でもそれは
本当は行動の妨げになるものではない。
恐怖がありながらも、失敗した過去がありながらも、
行動に出ることはできるし、希望だって持てるんです。

 

恐怖に目を向けすぎて行動できないのはもったいない。
そして恐怖はなくならない。

恐怖はあります。不確定なものや、目に見えないもの、知らないもの、感じたことがないもの。結果が分からないもの。

恐怖を感じる要素は日常に溢れていますよね。


行動しないと結果は分からない。最初は怖くなて、自信がついてから
なんて思ってたけど、そんな時なんて待っていてもこないんですよね。
恐怖はいつだって心のどこかに潜んでいるんです。

だって行動しないと結果が分からないのだから。
恐怖を感じながらも、きっと大丈夫と希望を持って前に進む事が大事だなと思っています。

 

あれ?今目の前にある問題って、怖い気持ちだけじゃん。
そのときの私には行動できる環境や能力はあったんです。

ん?これって自分の怖い気持ちさえ気にしなければ行動できるんじゃないの?
怖い気持ちと行動って、切り分けて考えられるのではないか?
とふと気づいた瞬間があったんです。
行動した先に何が待っているか分からなくて怖いけど、
それはそこに行かない理由にはならない。

 

楽しむことそのものを人生の目的にしてしまおうと思ったんです。
何が正しいかということから、
何が楽しいかと考えるようになっていって
少しずつ色んなことを・・・

以前は楽しめなかったことが楽しめるようになっていったんです。
楽しむことを邪魔していたのは自分自身にありました。

このままではもう自分はダメになってしますと思い
僕は方向転換しようと思いました。

大げさなことを言えば、人生の方向転換をしようと。

変化を自ら起こすことで、必ず転機は訪れます。自分が想像できない世界がまだまだたくさんあることを知ってください。
狭い世界に自分を閉じ込めないでください。

 

人それぞれ、いろんな生き方があると体感的に知っておくと気が楽になります。
相手がどう思うか?ではなく、自分がどう思うかなのです。

自分はこういう軸を持っているということをしっかりと考えるべきです。
ちょっと自分勝手になったほうが視野が広がります。
哲学している暇があるんなら、いろんな人に触れ合って気分転換したほうがいいよって
そこから学んだほうが健全だよって思いますけど
そういう感情を否定していったら、いい大人にならないだろうと
いろんな意味で。

 

 

書 虚しさ

満たされている状態をデフォルト値にする。

「ない」のが初期値のままでは、何を足しても「ない」ところに戻ってくるだけの人生が続きます。

大勢の人に向けて発信することを本来の目的にしてしまうと、結果的に何も満たされません。つかみ系の人生は、むなしさを生みやすいのです。

外的要因に影響されると燃え尽きる。
満たされていると緊張もしない。

達成が過ぎた瞬間、むなしさが生じて、それを埋めるためには、また別の達成を求めるようになります。

仕事に期待値をかけない。分散的に生きる。

あとは準備を万端にしすぎない。

ここに行きたいという目標も完成形もありません。


ある瞬間に向けて、気を張っているわけではなく、気がちょうどいい状態をキープしています。


いい距離感が肝心。むなしさを消そうとせず、強烈に満足感を求めすぎないこと。どちらかが強くなるほど、むなしさは立ち上がります。

「そういえばむなしいかも」「考えてみたら満たされている」ぐらいの状態を、良いバランスで保っているのがベストな状態です。

 

作曲家のひと
「なんにも背負わないで、無邪気に書くと、詩が降りてくるの」といってた。


明確な目標に執着して、本当に自分がたどり着きたい幸せについて考えない。
このような人は意外に多いように感じます。

チューニングの作業が楽しければ我慢ではないし、苦しければとっととやめましょう。
我慢しないでやっていたら、たまたま期待に応えられる結果が出た。そのように生きることも可能です。


毎日やっていること、会社の外でしている日常を、楽しみで埋め尽くしてみてください。

楽しみは磁石なので、ひとつが楽しくなれば、連鎖的に楽しい環境は広がります。やがて仕事ぜんぶが楽しくなるでしょう。


素晴らしい未来がほしいのであれば、いまを楽しむこと。

 

頑張らないチューニングと、欲しいものへの設定を変えること。
頑張っちゃうと肩が凝るだけなので、がんばらないように。
リラックスして楽しんで書いてください。
がんばって書いていると、うまくいかない結果に納得できず、むなしさが現れます。そうじゃない。

 

過去の延長線上に、いまを置いているわけではない。

 

選択の問題は、どっちでもいい。
問題は、捨てるか維持するかではない。マインドが切り替わらないと、何を選んでも行き着く先は同じ。いい選択をしたから幸せになれる、というわけではないのです。


条件ではなく楽しくなるほうへ。


思い切って競争をやめたら成績は伸びる。

プレイそのものを楽しむ。


無理をせず感覚に任せる。

なんとかしようとしない。


大事なのは、バランスチューニング。
幸福値がちょうどいいところに満たされるポイントに意識を調律させていくこと。
そのコツは、力を抜くこと。

波に身を任せる体感を利用してください。
世の中の流れは、風や波と一緒。
身を任せていったほうが、想定していたよりも遠くにいけます。

自転車とペダルと娘の話。


夢幻泡陰・・・世のすべての物事には実体がなく、ただ儚いものである。

むなしさにも幸せにも実体がなく、儚く意味がない。だから、過去のことや未来のことにとらわれず、「いま」を大切に、精一杯楽しんでしまえばいいと思います。

 

そして、あえての「捨」なのだ。また進む。

 

得かどうかより楽しめたかどうか。

楽しめると思う道に進むのが、正解です。
楽しめる道には、楽しいことが待っています。
楽しめなければ、自然とやる気が出ます。

自然とやる気が出れば、いくらでも力がみなぎるため、物事が自然とうまく回り出します。
楽しいことは、そのものが得になります。
得する道には得しかありませんが、楽しい道には楽しいと得の両方があります。

つまり楽しい道を選んだほうが断然いいってことなのです。

人生は楽しまなければ損です。踊りませんか?


一番やりたいことは一番最初にやってしまおう。
もったいぶっているとチャンスを逃します。

時間がかかる夢は、苦しくて大変な印象がありますが、時間がかかるからいいのです。
時間がかかる夢は、長い時間楽しめますし、味わえます。夢に向かって努力している時が一番面白いものなのです。


あなたの観察力には人を幸せにする力があります。
小さな変化を大切にしていますか?

髪を少し切ったとき「髪が短くなったね」と気づいてもらえると、嬉しく感じるものです。相手の鋭い観察眼に脱帽です。
気づいた瞬間に声をかけるのがポイントです。

ためらいはいりません。気づいたらすぐに声をかけてみましょう。
きっと相手は喜んでくれるはずですよ。

気づいた瞬間なら勢いがあって声をかけやすくなる。いかに小さな変化でも、相手にとっては重大なこと。時間やお金をかけたに違いありません。せっかく小さな変化に気づけたなら、やはり声をかけてあげるべきです。
お互いが小さな変化に気づいてもらえると
ますます会うのが楽しみになります。


人生で最も大切な選択基準は、好きか嫌いか一番大切なのは、本人に気持ちです。
好きなことしか続かないからです。
嫌いなことを無理に選択しても、先が思いやられます。
本人に気持ちがなければ意味がありません。

 

人生を楽しもうと思えば、歩く距離を増やしましょう。とにかく一歩でも多く、歩きます。
たくさん歩くにつれて、世の中のことをたくさん見たり聞いたり感じたりできます。
外を歩くことこそ、人生を楽しむ原点なのです。

 


人生を生きるためには、まず自分のことをよく知っておく必要があります。自分はどんな正確なのか、どんなことに好き嫌いを感じるのか、どんな能力があるのか。などです。

 

人生を楽しく生きたいと思えば、まず自分の楽しさに耳を傾けなければいけません。
自分が楽しいと感じていることに気づき、それをしていくことで、人生が楽しくなります。

 

自分を知って能力を磨き、アピールするからこそ、前に進めます。人生で一番大事な勉強は自分です。自分を研究しましょう。自分を知ることは、人生を知ることに繋がります。答えは自分の中にあるのです。


何もない今だからこそ、できることがあるはずです。無いというメリットを活かし、できることをしましょう。しばらくすれば、持ち物を手に入れざるを得ない状況になります。
ないのを楽しめるのは今だけです。その状況を精一杯楽しみながら、何もない今だからこそできることをやりましょう。

 


長く続けるコツって、この「ダメなときにムキに攻めずに、でも辞めずに、いかにローギアでいくか」を体得しているかどうかな気がするんですよね。

エメラルドハンターの四十代女性を情熱大陸で見た。エメラルドの原石を加工せず、指輪にするお仕事だ。現地に行って、エメラルドを直接仕入れに行く。現地の人と直接交渉する。その姿は非常にかっこよかった。今はバリ島でアメリカ人のシステムエンジニアの夫と二人の娘さんと自然の多いところで暮らしている。作ったリングはバリ島の高級ホテルにて販売しているそうだ。

 

心理カウンセラーの仕事の一つは、悩んでいる人が「努力しても、なんともならない」という「過酷な現実」に、少しずつ向き合い、人生を、少しずつ「あきらめていく」そのプロセスを供に支えていくことです。
 いきなり過酷な現実に直面させるのではなく、その現実や、自分の中にある「割り切れない気持ち」を、少しの間、自分から切り離しておいて、「見ないように」「考えないように」する工夫をいっしょに考えて、そしてできるだけ、「とりあえず、いま、できること」に集中する。心をひどく傷つけたり、人生に絶望したりすることなく、無理がないように、自分にやさしいやり方で、安心感を抱きながら、小さく、じょうずに、人生をあきらめていく。

カウンセラーはそんな「あきらめる作業」をサポートしていくのです。

 


グリックじいさん ブタを飼ってた。
クローバー畑でブタっこ死んで 
それでもう楽しいことはみんなおしまい。
それでもう楽しいことはみんなおしまい。

 

なにをしてもこりゃもうだめだ社会
私が今不幸なのは、私の選択の誤りによるものであり、結局私が悪いのだ」という思いを募らさざるをえない「自己選択不全によるうつ社会」

 


ユーチュウブ見ててヒカルさんおもしろいなぁ。関西コレクションの会社に殴り込み訪問すごい。あとはレトルトさんのゲーム実況見てた。ビヨンドというゲームである。これも非常に面白い。

国道を永遠と車で走る。国道は途切れることなく両サイドに店が続いている。
これだけ店があるなら、自分にもできるはずだろう。だからやってやると自分を奮い立たせた。

原因があるから結果がある。努力はしていた。自分なりにできることをやろう。努力の方向性が違う。何かが違う。何が足りなかったのか。

仕事をして、自分の足で立つ。経済的に自立する。それはできる。簡単ではないが、絶対的に不可能ではないんだ。

人々のお役に立てること。


苦しいですね。でも大丈夫。応援しております。と大愚和尚。


自分は不機嫌でもいいと言う人はいますが、不機嫌な人といたいという人は世の中に一人もいません。幸せな人生は「心のあり方」で決まります。自分の心のあり方は自分で決めてしまおう。

社長が
会社の社員にとっては、日常で心がゆらいで、とらわれたりすることが当たり前になっていて、それが会社の業績にも影響していることに気づく。

人生をよりよく生きるための技術。個人が日常生活の欲求や難しい問題に対して効果的に対処できるように、適応的、前向きに行動するために必要な能力。

いつも自分の心の状態に目を向け、心を大事にして生きること。心を大事にする道がごきげん道。

心は行動に影響する。そして心の状態は「脳」がつくる。
心は「感情の表れとしての状態」脳は「状態を生み出す機能を持っている器官」

心が行動に影響を与えるのであれば、よりよく生きるためには、よい心の状態でいることが大切だということです。よい心の状態とは「ごきげん」と呼ぶことにしよう。そしてそのごきげんを目指す生き方を「ごきげん道」と名ずけることにした。

「ごきげん」の先に、幸せがある。

ごきげんな状態は、「判断」「選択」「行動」「健康」など、あらゆる人間としての機能を高めてくれる心の状態です。

ですから、ごきげんでいれば、チャンスも増えるし、結果も出しやすくなります。幸せも感じやすくなるでしょう。そして人は、自分次第でいくらでもきげんよく過ごせるようになります。訓練すれば。

自分のきげんが悪くなって。人間としての機能が落ちて、体調も悪くなって、結果が出なくなって、幸せじゃなくなって・・・・・・。結局、損をするのは世界中でただひとり、あなただけなのです。自分のきげんは自分でとるのです。

まず「自分のきげんは自分でとる」とにかくそう思ってください。

「打って反省、打たれて感謝」
結果にとらわれるあまり、心を大事にすることを忘れていたということに気づきます。自分の心を磨くために、毎朝誰よりもやはく道場に来て、ひとり黙々とぞうきんがけを始めました。
「あいつに勝ちたい」「なんであいつは試合に出て、自分は控えなのか」とか「相手はどんな作戦でくるか」とか、そんな外側の出来事に自分の心を持って行かれるのではなく、ゆらがず、とらわれず、いつも自分が最高のパフォーマンスが出せるように、きげんのいい状態を自分で作る努力をしたのです。

 外の世界にゆらがず、とらわれず、きげんがいい状態を自分自身でつくって、自然に身体が動き「結果」がついてきたのだ。


不機嫌になると人間のあらゆる機能が低下してしまうこと。健康が阻害されたり、パフォーマンスが下がって、人生の質が悪くなるということ。

そして、不機嫌の原因は、認知の脳が勝手に意味づけをしたり、期待したり、比較したりしてしまうことで、自分の姿も、認知の脳の思い込みで、そのせいで自分の大切な心に、ゆらぎやとらわれを生み出し、ごきげんを手放してしまっているのだ。