生きている間に、この世界でやりたいことはやる。 味わい尽くす。 笑う時間をうんと長くする。 それが多分、腹をくくるってことなんだと思う。

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積もり積もって一周年

 

 

 

いま
あるんだから
使おう

お金も
才能も
魅力も
体も
勇気も
愛情も

 


あるものは、使おう
あるうちに、使おう

いつかは消えゆくもの
あなたのもののようで、あなたのものじゃないんだから。

 

 

もし。運よく物事がはこんで、
自分が何か偉いものででもあるかのように
驕り高ぶった気持ちになった時は、
この石を思い出すことだ。

自分は割れた瓦、河原の小石、
つぶてのごとき者たちの一人にすぎないではないか、と。

そしてまた、
苦労が続いて自分が独りぼっちだと感じた時は、

この河原の小石のように
たくさんの仲間が世間に生きていることを考えてほしい、と。」

 

 


人間だけが色んなものを身にまとう。

この世のいきものは、草も、木も、けものも、鳥も、魚も
みな“身ひとつ”で生きているではないか。

仏道は、その“身ひとつ”にかえることだ。
あとは、声さえあればいい

 


救われたい、という願いと、
すくいたい、という願いが触れ合って火花が散る。
そこに生まれた光が闇を照らすのだ」

 

 


今までの自分の枠を超え、さらに新たな世界を知り、
 そして、今までの自分から大きく飛躍するという事

が、「大きく成長する」ことと定義しましょう。

であるなら、そもそも「自分に合う」学びを求めていたら
いつまでたっても、大きく成長などするはずが無いですよね。

 

 


きっと、心の真ん中の真ん中の、真ん中の部分は皆同じ。
ちっちゃくて、一生懸命で。
そして、求めている。


ちなみに私、いやー泣きました。
いっぱい、いっぱい泣きました。

こんなに泣いたのはいつぶりだろう。
ってなぐらい、泣きました。


涙には浄化作用があって、
時々むしょーに泣いてすっきりしたくなる時がきたりするんだけれど、
いやはやそんなもんじゃありませんでした(笑)


そしてね、すごくすっきりしました。
すごくすごくすっきりしました。

 


今までの自分のやり方を捨てること。

いままでやってきたこと
それが結果に結びついていないなら

いままでやってきたことは
いいと思ってたけど、ただ恐れていただけかもしれない。

ただ、もう二度と嫌な思いをしないようにと
自分をかばっていただけかもしれない。

いつか見返してやると
力が入っていただけかもしれない。

 


最初は勇気全開、フルスロットルで、
慣れて来たら、力を抜いて

自分が喜ぶ
自分にとってときめくことを選んでいこう。

過去にカタをつけていこう

どっち得か、とか
どっちが損か、とか
どっちが無難か、とかではなく(*^。^*)

 


さらに輝きたければ、影を多くする事も1つの必要な道のりですね。

 

 

いつか自分も死んじゃうんだ。
やけっぱちな意味では無くて、その現実を思えば、遠慮するのが本当アホらしくなる。
生きている間に、この世界でやりたいことはやる。
味わい尽くす。
笑う時間をうんと長くする。
それが多分、腹をくくるってことなんだと思う。
 
 
他人と違う事しよう
違いが目立ってくると「何あの人みんなと違う事して…」と圧力かかるけど
そこをニヤニヤしながら突っ切るメンタルを育てよう

 


よく考えりゃ
 
自分が自分の好きなことをするのに
誰の許可がいるのか
なんの負い目を感じる必要があるのか
なんで「できる」必要があるのか、
ということですよ。
 
もっと言えば
「高いんじゃないか」とか
「意味ないんじゃないか」とか
そんなこと(条件や周りの評価)で
自分の好きをやめるのもあまりにもおかしい
 

わたしたちは
自分が思ってる以上に
大丈夫なのです。

 

 

 後から来たのに追い越され
 泣くのが゛嫌なら、さあ歩け♪

無くても有る だから大丈夫。

いやー前の記事はバカだねぇ笑

 

 

 

これから本格的に寒くなるなぁ
まだ全然準備してねぇやw
秋から冬へ

この時期けっこう好きです。なんかね


ちょっと風邪気味だからまったりやっていこう。
タロットはマジシャン出た。まぁ出だし順調ってことで

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邪道も15年もすれば、古典になっていく

 


「いい仕事をしていくには、自分がまず楽しめて、心がものすごくいい状態で、生活にぎちぎちにならず、ゆとりある気持ちで対応していかないといけない、と考えていました。だから、週3日と決めたんです」
 

 

 


鮨屋は、ただ食事をするだけの店じゃない。食事中の会話など、お店を訪れること自体がお客さまにとってエンタテインメントにならなければ。お客さまが楽しんでくださる舞台にならなければ。久田さんはそう考えていました。いい舞台にするためには、店主である自分のモチベーションを高めないといけない。だから価格を上げたのです。

 

 


昔の僕のような、ついがんばってしまう人は、
「がんばる」のをやめて、あえて手を抜く
いいかげん、適当、なまけるくらいが、
人生うまくいく、って。
 
 
 
 
というのも、「~すべき」「~しなきゃ」でがんじがらめになって、
昔の僕のように、なんとなくしんどい毎日を生きている人、
 
 
やさしすぎ、がんばりすぎ、しっかりしすぎて
疲れてしまい、ちょっぴり心が折れかかっている人。
 
そういう人は「他人」に、重心を置きすぎているんです。
 
 
 
「他人の評価」や「世間の目」を気にして行動したり、
やさしさゆえに、「自分の思い」よりも「他人の思い」を大事にしたり
がんばるときも「自分がやりたいからやる」というよりは、
「迷惑をかけないようにしなきゃ」とまわりの都合を意識したりする。
 
 
「自分」より「他人」な人なんです。
 
たしかに、自分以外の他者と生きていくうえでは、まわりのことを考え、ルールやマナーを守ること、ちゃんとすること、我慢すること、がんばることも、それはそれで大切です。

 


ただ、仕事が、家庭が、人生が、どこかうまくいっていないのだとしたら
自分がなんとなく苦しかったり、ちょっぴり辛かったり、もっと言うと、心や身体に負担がきてしまうのなら・・・
 
 
「~すべき」「~しなきゃ」を捨てて、「がんばる」のをやめて
 
自分の「心地いい」や「好き」「やりたいこと」をやっていく。
 
つまり「自分」を優先してもいいんじゃないかなって
 
 
 
「他人」から「自分」に軸をもってくるんです。

 

 

でね、「他人」から「自分」に人生の軸をもってくるときに、大事なことが
「いいかげんになること」だったりするんです。
 
 
 
「いいかげん」って言い方を変えると、
「目標を決めない」「迷惑をかける」「行き当たりばったり」です。
 
 
他人の決めた目標のままに動かない
他人に迷惑をかけないようにって自分の気持ちを殺さない
 
他人のことはかまわず、自分のすきなようにやってみる。
 
ってことです。

 


「いいかげんに、生きる」とは、たとえば失敗しても、たとえ嫌われても、自分のやりたいようにやること。
「いいかげんに、生きる」とは、そこから自分の心地いい場所を探していくこと。
「いいかげんに、生きる」とは、自分を取り戻すこと。

 


「迷惑かけない範囲で、いいかげん」なんてダメですよ
「思いっきり」いこう。

 

 

極論を言ったら、ほんとうは人生を送ること自体には「意味がなく」て
 
 
この人生を生きている人は、みんなが周りと似たようなライフイベントを行うことで「自分の人生には意味がない」ということを忘れさせるような仕組みになっているんじゃないでしょうか?という話なんです。

 


あなたがあなた自身を表現することで、この地球上にいるどこかの誰かが、勇気づけられるのです。
あなたが生み出した何かが、他の誰かの喜びとか、希望とか、癒しになるのです。
えっ?そんなに簡単なもんじゃないって?
だったら、しぶとくやり続けるんだよ!

 

 

夫はすっげえ元気な人だったけど、
30代前半のある日 急に熱が出て、
原因不明の難病とやらで5年以上 床に臥して亡くなったので
みんな、やれるときにやりたい事やっといたほうがいいよ
嫌な人や嫌な事に悩んだりとか時間の無駄だよ
好きな人好きな事に 時間も感情も使ったほうがいいよん

 

 

安心を求めるために必死に頑張る
安定を求めて必死に頑張る

のではなく、

自分の中に「ある」をみつけて
その「ある」ものは「なくならない」という確信を持っていく。

それは、愛 だったり お金 だったり
そして、信頼 だったり 評価 だったり 才能 や 使命 だったり

するのかもしれません。

㊗️㊗️㊗️500記事達成❗️❗️

イェェぇイ❗️

 

ついにこのブログも500記事いったぜ!

すごい!

すごすぎる!

 

 

オレはこのブログが大好きだあー😘

 

自分でも良く見返す。

そして自画自讃する笑

 

 

自作自演の自画自讃なのだ!

マジ卍!

 

 

いつも読んでくれる人、マジサンキュー!

スターをつけてくれる、そこのあなたッ!

さすがっ!お目が高い!

 

ワッハッハwww

 

これからもよろしくね💕

 

 

そして

オレ自身もこのブログの1読者だ。

そして何よりもこのブログをこよなく読み返す読者である!

 

 

読み手であり、書き手なのだ!

 

 

 

いやー500記事っすよ

なかなか行かないよ普通。

継続すればこそっすね

 

いやーこのブログにも深みが出てきたんとちゃいますの?

 

 

素晴らしい、誰かシャンパン🍾を持ってきてたもれ

 

スタッフ〜♫

 

 

 

今日はノリノリなのさ

 

 

 

 

え?バカみたい?

 

 

 

そりゃそうだろ?

 

 

アホやもん笑

 

 

 

「奇跡が産んだこの星で、起こる全て

奇跡以外あり得ないだろ?」

 

 

 

すいません、ちょっと何言ってるか

分かりません。

 

 

 

はい、分からなくて結構です笑笑

 

 

 

 

とりま、ここに500記事達成したことをお知らせします。

 

 

そしてまだまだ書いて行くぜェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ

 

 

大工!

 

 

以上!

 

 

 

テェェェェェェンッ、MA a a a aaa aaXッ❗️❗️www

テンマックス。まず名前がいい。

テンション高い感じが。うーんマンダム。

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おうし、アイホンテンマックスにSIMカードを差し込み完全復活さー❗️イエイ!楽しい!

ちゃんと詳しい人に聞くと何かと早いな。
うん。餅は餅屋だ。
さっさと頼ろう。
プライドなんて早く捨てちゃえwww

 


まじでお金は魔法の杖みたいなもんだもんな。
大抵の夢を叶えてくれるからさ。
もちろんお金で叶わないものもあるけどさ、誤解を恐れず言うと結構叶えてくれるよな。

 


俺から言えることは、好きなことをいっぱいやった方が楽しいよね!
てか、すげぇぇぇ金持ちになったら、その好きなことを存分やっちゃうでしょw
だから目的は金持ちになることじゃなくて、好きなことをやるってことなんだ。

だったら今から好きなことをやっちゃえばいいんだw
誰に遠慮することもないじゃんねー。

それに、好きなことをいっぱいやったら、なんか魅力的になるもんね。
魅力的に見えてくると周りが「あなたと仕事がしたい」なんて思ったりするわけさ。
そしたら良い仕事とか来るから、結局稼げたりしてさ。
何より、その魅力の延長上に仕事があるってステキだよな。

 


あれ?この痩せた仁さんなら、俺100万出しても人生相談したいって思うわ。
100万出しても学んでみたいと思うわ。
あれあれ??
中身より外見が大事!?
あれ???
中身を磨くんじゃなくて外見を磨いたほうがいいのか??

 

 

中身より外見が大事だw
それで収入が0か100万かの違いになるw
 
 
そうだ。
痩せよう。
痩せたらもっと稼げるw

 

 

「自分の大好き」って、本当は欲しいのに、ひねくれて欲しくないってやってるものも多々含まれている。
無駄に力説しているものって、ひねくれてる証でもあると思うんだ。
俺、本当はカッコよくなりたかったのさ!

 

 

これを想像したら幸せ!ってのを脳内で鮮やかに、意図的に思い浮かべりゃ良いじゃんねーと思ったんだよ。
 
俺の場合、今ポテチを食べる幸せより、将来収入がガツンと増えて、ナイスなスリム・ヤングガイでいる自分にワクワクしてりゃーいいのよ。
そしたらポテチもラーメンもどーでもよくなるのよ。

 

 

そのために、理想の体型になった時に起こりうる「自分の大好きな世界に囲まれた状態」を思い浮かべまくって、脳をハッピーモードにすればいいだけの話なんだわ。

 

 


そもそも、「自分はダメな人間だ」という前提を持っていると、
ダメな自分を確認するために、わざとダイエットに失敗して、
「やっぱり」と思うとか。。 

ぽっかり空いた心の穴を埋めるために(満たすために)、
食べる必要のないものを食べ、太る(やせられない)という結果を生む。。

お金についても同じで、
「自分には足りない」と思っているから、稼ぐこと、貯めること、
使わないことに躍起になる。。
「減らさないこと」に必死になる。
「減らしたらダメ」だと思っている。。
貯金が減るのがイヤだから、稼ぎ続けないといけない。。となる。

稼がず、今持っているお金(貯金)を使うことが大切なのです!
食べなくても、脂肪はある!(笑)
そして、痩せなくても自分には魅力がある!
頑張らなくても、周りの評価はある!
と、「ない前提」から「ある前提」に変えることが必要なのです。

 

 

 

 

存在給、この言葉を立ち読みしていいなと思ったのですが、新本を買うほど余裕がなく、とりあえず立ち読みじっくりして、お金の事が不安になったら、「存在給があるから大丈夫」と言ってみる事にした。年末に職場の靴がくたびれてきて、でもまだ頑張って使おうかと思っていたが、この本を思いだして「大事な自分の足が優先」と店で即買いしてみた。そしたら、いつも一口だけ毎回買っているロトの四等がすぐ当たり、なんと靴とほぼ同額だった(驚)。マジ、あるかも。存在給。と、新本買いました(笑)。
 ちなみに私の最初の存在給の額は、15万。住んでる田舎の、初任給の額が自然に出たんですね~もう、そのぐらいしかないというか、そこまでと思っている自分がいるんですね。他の人の高さにビックリ。ちなみに、夫は9万だった。低っ(笑)!
 歩合給より、存在給。これを知るだけで、楽になる人はたくさんいると思います。どうせ今お金ないという人こそ、読んでみて損はないと思います。

 

 

ま、俺はカウンセラーってわけじゃないけど、人様の話を聞きながら深い部分を見て、パッと行きたい方向に光を向けるっつーか、その人のやりたいことを明確にして自由に進める方法を話したりすることが楽しいわけよ。

 

 

絶望感に浸ってると、将来は絶望感が大きくなり、そんな現実になるし、
欠乏感ばかり感じてると、将来は欠乏感ばかりになり、そんな現実になるし、
満ち足りているとか幸せだと感じてると、将来も満ち足りてるとか、幸せだと感じるのが大きくなり、そんな現実になるんだよな。

 

 

「お客さんも無理にでも集めねば」
→今のお客さんに満足せず、お客さんが全然いないと信じている
「今の事業を無理にでも拡張せねば」
→今の状態に満足せず、絶望的だと信じてる
「人の機嫌取ろねば」
→機嫌とらないと人と関われない
「目標を持たねば」
→目標がないから叶わない。叶っても目標以上のものは叶わない。

 

 

本当に欲しいものを意識して食べればちゃんと満足するので、必要以上に食べないから太らないし、本当に欲しいもを意識して買えばちゃんと満足するので、必要以上にお金を使わないから貯まるし(てか増える)、本当に欲しいお客さんや友人を意識して付き合えば、良いお客さんや友人に恵まれる。
 
だから、どうでもいいものを食べたり、どうでもいいものを買ったり、どうでもいい人と付き合ったり、どうでもいい仕事をしたり、そーゆーのを辞めていく!ってことね。
 
これやり始めたら、マジで人生激変したぞ!!
どんどん本当に好きなものに囲まれて豊かになっていく!!!

 

 

暗いなー、違うなーと思っても、そこにいる人たちは楽しいと思ってるんだ。
彼らから見たら、アイツまぶし過ぎてうざいなー、暑苦しいなー、軽いなー、とか思われてるかもしれないw
 
でも何だっていいんだ。

単に部活が違うってノリで捉えればさ。
 
あ、今、そーゆーのに夢中になってんだねーって。
この人は、今、部活に夢中になってるんだな。
たのしそーだねー思って捉えればいいんだ

 

 

俺として言いたいのは、答えは努力の先にあるんじゃなくて、サボったらあるよん。
力を抜いたらあるよん。
ってことでさ。
 
楽しんだらあるんだよーって言いたい。
 

 


俺の言いたいことをいうんじゃなくて、お客さんが話したいことを話してもらって、それに共感すればいいんだって気づいてw

 


いつか自分も死んじゃうんだ。
やけっぱちな意味では無くて、その現実を思えば、遠慮するのが本当アホらしくなる。
生きている間に、この世界でやりたいことはやる。
味わい尽くす。
笑う時間をうんと長くする。
それが多分、腹をくくるってことなんだと思う。

 

 

他人と違う事しよう
違いが目立ってくると「何あの人みんなと違う事して…」と圧力かかるけど
そこをニヤニヤしながら突っ切るメンタルを育てよう
経験したことのない者に語る資格などないのだ
やってみよう

 

 

 

こんな道に進まなきゃ良かった、もう歳を取りすぎたと後悔する人は多いけど、人生何歳でどんな道に進んだって後悔はするよ。
歳を取ってやりたい事を見つけた人が「せめて10年前にこの道を歩む決意をしていれば…」と言ったりするけど、
実際に若い時に同じ事をしようとしたら、今より知識や経験が不足してる分何をどうすればいいか分からず失敗したり、関わる人達と要らぬトラブルを起こすかも分からない。
何歳であっても「これがやりたい、この道に進みたい」と思ったら、それは自分の無意識や本能が「今がその時」と判断した結果なんだと私は思うようにしてる。

 

 

人生辛いときあるけど、そういう時は脳内に全肯定してくれるオカマを呼びだしてる
「なぁ~に暗い顔してんのヨっ!アンタはいつも頑張ってる!今日頑張れなかった?なら明日から頑張れば良いの!今日も明日も明後日もアンタは百点満点中百二十点よォ~!!!!!」みたいな
意外と乗りきれる

来たらノル

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自分の好きなものをコレクションするように
美味しいお店を食べ歩くように
新しいゴルフクラブを買いたくなるように

それを「学んでる」と思わずに、「遊んでる」って思ってみてね。
そしたら「学んでるのに」という気持ちは消えていきます。

すると 身につくんです(^-^)

 


自由な心で
自由な発想で

そして何より「素直な心」でないと、
学びは入ってきません。

 

 

かみさまは、毎日のように奇跡をくれます。

そもそも、今日も生きていること、
ご飯を食べられること
歩けること
このブログを読めること、書けること。
話せること も奇跡です。

働けることも、誰かがそばにいることも。


能力や、才能、容姿、そして自分のおかれた環境で
人生は決まるのではありません。

人生は、考え方で決まります。

 

 


私の捨ててきたものを拾うというのは、
殺してきた自分を生き返らせることかなぁと思っています。
(影の自分にたのんで、いやだいやだと思たびに、イメージの中で、殺してもらってました、本当に)


でも、この人を拾ってきちゃうと、
会社にいるのも我慢できなく なって、偏頭痛とかがおきてくるので、
こまったなぁという感じです。

 


どうしたものでしょうね。私は本来すごいわがままなんでしょう

 

 

だから、カウンセラーや、研修講師、教育者といった人たちだけでなく、
すべての改善サービスを行う人たちは、

目の前の人を「問題のある人」として偏見して
「問題を見つけて改善する」のではなく、

目の前の人が本来持っている素晴らしさを引き出せるような
そんな仕事が出来ればいいなと思うのでした。

 

 

自分が変わるためには
変わりたいと思っている人は

まずは、自分を守っている殻を脱がないと、
なかなかできません。

・プライド
・あきらめ
・恐怖
・無関心
・平気(私は大丈夫

という殻です。

そして、提供側も
目の前の人を「問題のある人」として見るのではなく、

・素晴らしい人
・壁を乗り越え中の人
・何かを学んでいる最中の人

として、尊重していくことで
何かが、その人の中で、そして自分の中で変わり始めていくと思うのです。

 


そうそう! 無いにフォーカスして自分で自分を蔑んで、あたかも私は被害者みたいに自作自演コントをしていたと気づいたら、本当は全ては愛がベースで優しい世界に生きているんだって思えて、さらには私はなんて恵まれているんだって感謝の気持ちさえ湧き出てくるまでに至りましたよ。 ありがとうございます😊

 


「目の前の痛み(問題)は、ただの「結果」である。
 結果として生まれた対人関係や感情を処理しても問題は終わらない。

 その原因をきちんと理解し、
 その出来事や習慣、解釈(考え方)を変えていく必要がある」

 


参考書を買えば、赤本を買えば
志望校に合格するわけでもない。

・何かに気づき
・何かの行動を起こす

すると「体験」する。

この「体験」が命です。

ぜひ、読んで、やってみて、体験してみてくださいね(^-^)

 


人は、人と触れ合うことで、喜怒哀楽を感じ、
心豊かに暮らしていくのでしょう。

心豊かとは、決して喜怒哀楽の、喜と楽だけではない、ということ。
哀しみや、怒りもあってこその人生なんだろうな。

 

 

自分の不安のために
循環するものを自分のところで止めよう(所有しよう)とするから

エネルギーもお金も物も回らず
自分のところにも回ってこない、という悪循環。

 

 

 

 

 

やりたいと思えることが一番重要な才能なのに才能論に流されて趣味に手を出さない人は本当にもったいない
一度経験したら未経験の時より上手くできるという単純な話で多くの経験を積めばなんでも上手くなるのに
どう説得しても納得してくれない人が多くて悲しい

 

 

頑張らなくても
あなたは、そこにいていいんです。

頑張らなくても
あなたには価値があるんです。

 

価値は、出そうとするほど
無くなって行くんです。

役に立とうとするほど
空回りするんです。


あなたの
何気ない一言が、誰かの役に立っている。

そう、あなたの知らないうちに。

知らないところで。

 

それだけでも、あなたの存在は輝いているから。

 

 

私は、目の前の人に構いたくて 構ってほしくて、しゃべりたいし ちょっかいかけたいし、 それをひた隠ししている ウザたんです(。-∀-) 最近は、素直に話しかけたり、 ちょっかいかけたり、 プチ・ウザたん活動やってます(。-∀-)

 

 

運命に逆らわず
使命に逆らわず
個性に逆らわず
自然に逆らわず生きる


舟が来たら、乗る
来なければ、待っていればいい
怒られたら、怒られ
バカにされたら、バカにされ

あの人がどうだの
この人に何をされただの


そんなときも
そうなんだ

 

 

実は今までブログを書く量も制限してたんです。
で、そんなこともやめたんです。

 


何かをあきらめると、何かが終わり、
そして、何かが終わると、何かが始まる。

はやく、今の自分をあきらめよう。
だって、そうなんだもの。

だってダメだもの
だって弱いもの
だってできないもの
だって嫌われてるもの
だって変わり者だもの
だって、バカだもの。

それが自分だもの。

 

体験こそ命

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門をくぐって

 

『世◯仰天~~』より、食中毒による大病を引き起こした内容を見てみて、病気に対する恐怖感と共に感謝の気持ちが湧いて来ましたーーー。 ずっーーーと、不平不満たらたらの日々を送っていたものの、よく考えてみればノロ以外の食中毒にはかからず、今夏感染した皮膚炎も幸い重症化せず(重症化すると失明や命に関わるらしい)、よくぞここまで無事に生きて来たなぁ、、、、、とあらためて目が醒めるような思いがしました。 幸せは、今、決めるものなんですね(*゚∀゚*)ノ

 


最近、布団に入って寝ようかな~とモゾモゾしてる時、ふと今までのことを思い返す時があります。 あ~、もう人生50年近く生きてきて、気がつけば70歳、80歳って、なってるのかな? いや、病気でそれほど長くない人生を終えてるのかな? いや、来年、1ヶ月後、来週、明日の事もわかんないか~と。 そう考えたら、急に今までも、今もなんて幸せに生きてきたんだろうって。 家族がいて、仕事があって、美味しいもの食べれて、あちこち出かけて、、 そういえば10年程前に大病した時、自分死んじゃうの❓と思ったら、それまで考えてきた悩みとか、問題だと思ってた事とか、一瞬でどうでもいいと思ったな~って。 病気治ったら、そんな風に思ったこと忘れてた!笑 美味しいものは先に食べなければダメだ‼️)^o^(

 

 


わたしのお金への印象って『怖い』『不安』だったんです。 なんでだろうって考えたら、見たくなかったんです。入ってきたお金、出て行くお金、残っているお金。全て見ないようにしてました。無いって感じるのが怖くて。 あたかもお金に執着せずまわしてるようにみせかけ、お金の不安から逃げていました。 それに気づいたら、すごくお金に申し訳なくなりました。私を幸せにするためにやって来てくれたのに、見もせず感謝もせずただ使う・・。なんてひどいことしてきたんだろうって。ごめんって思いました。 あれだけお金を雑に扱ってきたのに懲りずに私のとこに来てくれてありがとうとも思いました。そう思ったら愛=お金っていうのがすごくしっくりきて。 今は究極にお金ないですが、与えられたお金(愛)と向き合って、自分と向き合って本当に欲しいものを考えるって事をこれからしていきたいと思います。なんだかお金と仲直りできた気分です(^^)

 

 

ふと気づいたのですが 無駄に動いてみたり 無駄に深呼吸してみたり 無駄に歌ってみたりしても 「空気を無駄遣いした!!」 とは思わない( ˊ̱˂˃ˋ̱ )笑 お金もそれでいいのかー! 空気を生み出すのは植物で、 その植物を植えたり育てたり手入れしたりする人。 じゃあ、 植物のお世話をする人以外は生きる価値ない? みんなが植物のお世話をしないといけない? 踊り子も歌手も画家もオリンピック選手も政治家も、 みんな二酸化炭素を出す(消費する)人。 中には自分で植物を育てる人もいるかもしれないけど ダンスも歌も創作もスポーツも政治も ぜんぶ二酸化炭素を生み出し酸素を消費する行為。 だから お金は、稼げる人に稼いで貰えばいいのか! 稼げる人は、その能力やアイデアを「金の猛者と言われるのが嫌」とかいう理由で封じ込めなくていい!

 


結婚披露宴とか見てて、良さそうって憧れはでるけど、そこに自分が居るイメージするとしんどい、飽きる(?)、違うのがいいなーと感じる。  コスプレ好きだけど、カメラに囲まれてずっと撮影されたらしんどくて嫌だった。  アイドルに憧れても、いつも注目されるのが疲れるって感じなのかすら。  自分が楽しいスタイルってそれぞれだもんなー

 

 


「私も弟も、自分の不運を嘆いたことは一度もありません。嘆くというのは虫のいい考えです。考えが甘いのです。覚悟がないのです。
 この世の苦しみを知ったところから真の人生は始まるのです。」

 

 

 心を入れ替えたい。あなたはこれまで一度も、人生の不幸を経験(体験)されたことがないのです。人生の不幸は病気、貧困、思想的挫折がおもな原因です。あなたがこれから先、もしまっとうな人生を歩まれるとしたら、これらの人生の不幸を乗り越えた時だと思われますが、あなたには人生の不幸を乗り越える力がありません。愚痴死が待っているだけです。
  不幸にして自分が劣だと認めざるをえなくなったとき、それを明るく肯定することが大事です。そこから新しい道が開けてきます。劣には劣の良さがあるのです。負ければよいのです。
  人はある年齢に達すると、自分にもいずれ死が来ることを、はっきり覚悟する必要があります。極端に言えば、そこからはじめて真(まこと)の人生は始まるのです。この死の覚悟のない人は、駄目な人です。
  破綻(はたん)して職業も名誉も家庭も失った時、はじめて人間とは何かということが見えるのです。はじめて人間の生とは何かということが見え、この世の本当の姿が見えるのです。せっかく人間に生まれてきながら、人間とは何かということを知らずに生が終わってしまうのは、実に味気ないことです。そういう人間が世の9割です。世の人はみな私のことを阿呆(あほう)だとあざ笑いました。でも、阿呆ほど気の楽なことはなく、人間とは何か、ということもよく見えるようになりました。阿呆になることが一番よいのです。あなたは小利口な人です。

 

 

最初は個性豊かな回答が強烈で、おもしろいと思いました。でも、どなかと同じ意見で、読み進めていくうちに、同じ回答の繰り返しで、しかも貧乏が美徳で、金を持つ事が悪、とも取れるような考え方には共感できません。本当に貧乏の怖さを知らないのではないでしょうか。貧乏が好きだと言いながら、自分より苦しい人に寄付をするのは、貧乏人にはできないことです。私は寄付をする人より、財を成して雇用を生み出している人の方が素晴らしいと思う。寄付は善の行為だが、その場限りの物。雇用は人に生活力を与えるものだから。それに、早く死にたいと言いながら、健康がなにより大事、と言っているのも矛盾を感じる。相談者に簡単に離婚をすすめたり、破滅的な道を歩む事をすすめるのも、まるで著者の価値観を全ての人に「あなたも貧乏になりなさい」と押し付けているようだ。

 


雑誌の連載の終了で「打ち切り」とされて、

自分は評価されていなかったのかとショックを受け、虚しさ、憤慨、

力不足を感じたが、

「雑誌は生き物という通り、そのサイクルに自分は組み込まれて

いただけなんだ。自分の連載が終わらなければ、新しい人は始められない

わけだから、連載の打ち切りは、雑誌の生命を保つ方法として自然なもの」

と過去の成功体験に振り回されずに、折り合いをつけられるようになったそうだ。

 


生物として存在価値のないモテない年齢のおばさんが、この先、どこで、

どのように自分の生を楽しく愉快に生きていけるかが勝負だと思った。

 


私に必要だったのは、諦めだったー。 出来ないのよ。落ち着きないのよ。稼げないのよ。センスもないのよ。怠け者でめんどくさがりで好き嫌いが激しくて短気でバカでヘタレな、どこにでもいるただのオバさんなのよー。後者でめっちゃなただのオバさんなのよー! んで、それでいいのよー。それで完璧な私なのよー。それでも愛されてるし大丈夫なのよー、だった。なーんだー!認めるだけだった。自分の事許してあげるだけだった。理想がエベレストより高かっただけだった!お疲れさん!!ハードル高かったねー!

 


教育も文化も社会も会社も 固定概念がとれたらいいのにねぇ そしたら少しは生きやすくなるかな

 


『自分はこうしたい!』

単純にただそれだけで、生きていきたい
なぜにこんにも、余計なモノがついてくるのだろう。余計な壁を造って、余計なことまで考えて、身動きとれてない。

『自分はこうしたい!』
それだけでストレートに素直に進みたいなぁ(*´∀`)

-Being- 「世の中には考えてもわからないことがある。  だから生きる意味があるんだぜ」  

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最も
自分が幸せに
成長し続けるための
ノウハウ


それが

「損すること」

 

最も
自分が幸せに
成長し続けるための
あり方 -Being-

それが

「どうせ、あいされてるし」


なんだなぁ。

 

どんな「初めて」 を
やるんだろう。

 

探し続けた答えが
きっとそこに、ある。

次のステージへの扉を
開くカギは、そこに、ある。

 

「損」という種をまき続ければ、
やがて必ず「徳」という花が咲き、

「得」の実がなるのだと思う。

 

いままでの
逆を、やろう!!!

今まで選んでいたものと
逆の道や方法を選ぼう!!


いままで無難な道を選んだ人は

苦難と冒険とチャレンジと
吐きだして、使って、無駄なことに
時間とお金を使う。

人ともめて
ケチって
無茶して
バカ騒ぐ

 

「世の中には考えてもわからないことがある。

 だから生きる意味があるんだぜ」

 


すると
荒波が
荒波で無くなってくる。

悩みや苦しみが
ゲームに変わって行く。

 


つい「正解」を探してしまうっていうことは ・怒られたくない ・笑われたくない ・損したくない ・みんなと一緒でいたい という気持ちが どこかで働いていて それって根っこには
「嫌われたくない」 がある

 

 

 

 

不思議な出来事は起こるということ。いま生きている場所が世界の全てではないということ。

ひとは新しい一歩を踏み出す時、こんな世界もあったのか!という自分の精神世界を拡張する斬新で新鮮な感動に包まれることがある。

 

毎日を精いっぱい生きている人は

もうこれ以上精いっぱい生きなくていいよ

 

もっとね

いいかげんに生きようよ

精いっぱい生きようと思っても

全然できないあなたは

「精いっぱい生きようと思ってもできないあなた」でいいんだよ

毎日毎日命の大切さを噛み締めて生きなくていいよ

ヘラヘラとだらしなく生きていいよ

ヘラヘラとだらしなく生きていくのに罪悪感を持っちゃうあなたは

「ヘラヘラとだらしなく生きていくのに罪悪感持っちゃうあなた」でいいのよ

 

 

 

 

 

努力信仰が日本の精神に蔓延るようになったのは、明治時代です。明治政府をつくったのは江戸の武士ではありません。薩長出身の武士たちです。

江戸っ子たち都会人にバカにされてはならない。欧米列強に追いつかねばならないという焦燥感、その圧力によって努力信仰が生じてきたのです。

 

 

 

50歳くらいになって痛感しているのですが、人生はごまかしの連続である。しかし、自殺することも完全に世界を捨てることも
やはりごまかしだとすると、
ごまかしに徹して生きるほかない。

なるべく自分の「かたち」に合ったゴマカシを丹念につくりあげるほかない

 

いかにして自分自身になるか

 

私のような煮えきらない男にとっては何事も潔くないほうがいい。いい加減なほうがいい。人生も完全に降りるんじゃなくて[半分]だけ降りるのが手頃でらくちんだ、
という結論に達したのです

 

 

 

 

私、去年6月、残りの人生は好きなように生きようと、22年勤めた仕事辞めました。

好きなことで食べていける自信はなかったけど、そしてホントはとってもとっても怖かったけど、でも辞めました。

辞めてみたら、ちゃんと食べていける位には稼げるし、それとは別に、やりたいと思って別の仕事もしています。

人生、いい事ばかりではない(誰よりも元気だった母が急に亡くなったり)けれど、すべてを受け入れる覚悟ができれば、我慢して嫌なことをするよりいい人生が送れると私は思います。

 

いつも我慢ばかりしている頑張り屋さん、一度、心屋流に、いいかげんに生きてみませんか?

 

 

 

 

「大丈夫」「僕はがんばって、がんばった末に、もうこれしかないと思って、この言葉を唱え続けたら、自分の幸せのベースができたんです。唱え続けることで、安心が手に入った。それが、そのまま僕の存在給になりました。不安が減り、存在給がポンと上がった。」「結局、がんばっていたのは、「あなたは大丈夫なんだよ、ほんとに大丈夫だから・・・」という「安心・安全」を手に入れたかったからです。「安心・安全」だから、ほんのり、ずーっと幸せなんです。自分は大丈夫だと安心し、がんばるのをやめる。じつはこれが、50代から悠々自適の生活を送る秘訣なのだと思います。」「お金にこだわらずに、「先に」自分の好きなことをやる!これに尽きます。」「うまくいくこともあるし、うまくいかないこともある。うまくいかなかったら、またやり方を変えてみる。そうやっていき着く最終的なゴールは、何をやっても、これをやっても、それをやっても「大丈夫」。その「大丈夫」にたどり着くのです。」

 

 

 

 

「他人の顔色ではなく、自分の気持ちを大事にする人生に変える」

「いままでの『自分は何か足りていない前提』での努力『足し算』をすべてやめる」

 

これって、社会人になって時間が経てば経つほど、じつはなかなかできません。

本書はそれを、「だから、今からやるんです」と肯定してくれます。

50歳から大逆転する人生のために、まずこの本で「心」から整えてきたいと思います。

 

 

 

 

努力をしないで、頑張らない。これが、私の生きる道。好きなことをしているときは、時間の感覚がなく、あっというまに過ぎていく。

努力や頑張っていると思うときは、時間が長く感じるという相対性理論という考えもある。

 考え方は、この本の通りにいくと、思いがけない幸せが訪れます。

 

 ただ、こういった本には、こうすればうまくいきますということは、書いてあるけれども、どうして好きなことをしているとうまくいくのかというホワイに答えてくれない。だから、60万円のカメラを買った人のように、なんでってことになる。

 

 世界というのは、自分の意識の表彰(鏡)なんで、いま幸せであることが、投影されるに過ぎない。だから、いま好きなことをして幸せな気持ちでいることが大切なんだ。なぜ、世界は鏡なのかというのは、他人をたたけば自分の手がいたくなるってこと。

 

 

 

 

筆者の言ってることは、無責任にも、また、当たり前の事のようにも思える。

私は好きなように生きてきたつもりだが、本当はどこかで、我慢していたのだろうか。

気楽に生きるために、最初から欲望を諦めていたのだろうか、わからなくなる。

文中の言葉だけだと、どのレベルの行動をさしているのかわからず、誰にでもあてはまるとは限らない。

が、知り合いの訃報を聞く年齢になると、自然と、これから楽しく、やりたい事だけして生きていきたいと思う。

 

 

 

今を生きずに

いつ生きる

ここを生きずに

どこを生きる。

 

 

 

想い  形  姿

 

 

想いにつまずく

直したくても直せない。

想いという網にがんじがらめ

 

 

 

苦から抜け出す

 

 

アドラー

理想から現実になっていくこと

 

 

 

「不安はあるが、悲観はしていません」

 

 

 

苦は苦のままにしておくこと。

妄想はしない。

 

 

 

生活実験から出た言葉。

 

「このもーぐれ!」

もうぐれる。

もうぞう⇨妄想のこと

ぐれる⇨反転のこと。

 

妄想反転。

 

 

仏の心に還ろう

それが、真宗の救いなのではないか。

 

西に向かう、それが一つの方向性

 

 

「呼びかけられている世界」がある

呼びかけに戻っていくこと。

 

 

一つのフィックション、幻想。

思想と宗教。。。