秋のお彼岸も過ぎましたなぁ(^人^)南無阿弥陀仏。

彼岸の中日。紅に揺らぐ陽光が、大海に沈みゆくすがたを海岸線に見た。思わず車を止め、手を合わせて拝んだ。光のグラデーションは、水面を走り足下まで届いていた。その光の上を歩いて渡れそうな気になる。


 釈尊は、西方に合掌し日没を見よ。そして目を閉じ、目を開けと説かれている。
 その教えに習い、水平線に大きな半円が残る夕日に、合掌し目を閉じ、そして開けた。見渡すと、山の木々、水面を飛ぶ鳥。向こう岸には、家路を急ぐ人がいる。彼岸花の咲く景色はいつもと変わらない。
 だが、すべてが真紅に染まり、ひとつひとつが輝いていた。日頃、気づくことのない命の姿を、すでに光が照らしていた。その尊さを、忘れて生きている愚かさを知らされる。

 

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彼岸花は今年も咲きましたよ( ´∀`)

 

 


 親父と乾杯  (29歳・男性)

 私の父は、今から五年前に肝硬変で亡くなりました。48歳でした。
 肝硬変は、ウイルス性が一番多いのですが、父はアルコール性肝硬変で、いわゆるお酒の飲み過ぎが直接的な原因であったようです。


限られた時間の中で

 お酒を飲んでいる父は、常に上機嫌で、よく私に話をしてくれました。
 ところが、酔った父は陽気ではあるものの、くどくなるのが常でした。
 当時大学生であった私は、あまりお酒を飲まなかったこともあり、父の相手もそこそこに、ちょっと用事があるからと、その場から逃げ出すこともしばしばありました。
 

 逃げる私を見越してか、私や母をよく食事に連れていってくれました。
 今になって思うことですが、父は、自分の体調が思わしくないことが、わかっていたようで、家族と過ごすことのできる限りない時間を大切にしていたように思います。


 亡き父から

 結局、父と一緒にお酒を飲み交わすことのなかった私でしたが、社会人になって少しずつお酒を覚え、飲むようになり、今では、友達や職場の人と飲みに行くことが楽しみのひとつになりました。
 

 普段はあまり考えたこともないんですが、少し酔いがまわってくると、ふと思うことがあります。
 
 もしも今、父が生きてくれていたら、一緒にお酒を飲みたかった・・・一緒にお酒を飲みながらいろんな話をしたかった・・・
 また父も、私とお酒を飲むことを楽しみにしていただろうと・・・と。


 私の友達は、よく父親と二人で飲みに出かけることがあるそうです。

 そうした何気ない生活の一コマが、私にとってはもう二度と叶わぬ出来事で、うらやましく思うこともあります。

 「親孝行、したいときには親はなし」と言われますが、今となっては「こんなことなら、もう少し親孝行しておけば良かったな」と思います。

 もっとも、生きていてくれたら、そんな気持ちになったかどうか、わかりませんが・・・


 私は父を亡くしましたが、人が亡くなるということは、今まで考えたこともなかったこと、当たり前として通り過ぎてきたことが実はかけがえのない出来事であることを教えてくれます。父を亡くして五年、今も私の前で、楽しそうにお酒を飲んでいる父の姿がよみがえってきます。