「ズンドコになろうがどん底に落ちようが、おかしいと思ったことにはとことん歯向い、自分の理想を実現するために徹底的にもがく!たとえ力尽きようと!」

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私、子供の頃に母親が「(弟を)生まなきゃ良かった」という嘆きを聴かされて、「コイツ超無責任だわー!」と、5才にして絶望と不信感を抱いたのをよく覚えています。 47歳くらいまで引きずりました。 えぇ、子供は持たない人生を選びました… この記事を読み、子育てや妊娠の真っ只中にいる人の「胸のうちを露呈なんだな」と思いました。 「子供を生まなきゃ良かった」と、思うこともある。愚痴ることもある。(でも育てている) そーゆー事かぁ… 5歳の私が真に受けてしまっただけなんだー ガクッ、脱力 で、紆余曲折ありながら心屋にたどり着き、見失った自分を自覚出来るようになったこの頃。 体の奥底から食事を美味しいと感じるようになり、日々していることぜんぶが生きる活動なんだなぁと感じ、そしたら自分も他人も共に命の活動って美しく感じました。 毎日の営み。暮らしということ。 それだけで素晴らしい。

 

 

 

子供を産んで自分の時間が無くなり「産むんじゃないかった」と思ったり、自分の時間を欲しいと思うだけで罪悪感を感じる……。 自分の子育てを思い返すと…いいかげんな母親でした…私。上の子(現在26歳)を産んでまだ1歳になる前に実家の母に預けてテニス教室に通ってました。夫もオッケーしたから通ってたんですが…罪悪感なかったなぁ~~σ^_^;楽しかったんです。 保育園に入る前から実家に1人でお泊りに行かせたりしてました。 もともと早く自立して欲しいと思っていたんです。 下の子(現在22歳)も早くからお泊りに行きました。あら?私…子育てしてたのかなぁ? しっかり手抜きしてたのね(爆) 小さい頃はそんな感じだったのに自分でなんだかがんじがらめにして「良いお母さん」にならないと…とでも思っていたようです。誰もそんな事言ってないのに。子育てを終えてふと「あっ!別にいいんだ」と気づき今は自分の事をまず1番にして生きています。子供といえどもすでに大人ですから母としてでなく人として接しています。

 

 

 


私は子ども欲しくない&産みたくない自分に罪悪感がありました。 子ども欲しくない=幼少期の自分や親を否定してる みたいな気持ちになってた。 でも、職場で知り合った私の大好きなお姉さん 子無し夫婦で「子ども嫌いなんだよねー(*゚∀゚)!」(これより酷い言葉もw)とニコニコしながらあっけらかんと誰にでも言ってて(笑) 端から聞いてたら何てこと無いし、お姉さん本人は自分大好きさんだから自分責め要素も感じ無いし… あぁ、私は幼少期の自分や親が報われないと思っているんじゃなかったな、と。 子ども欲しくないって堂々と言っても周りは誰も責めてないし、何ならたまにヤイヤイ言う人が居ても私も気にならないのに変だなって思ってたけど… 子ども欲しくない&産みたくない=相手の男性を不幸にしちゃう の罪悪感があったんだ、と気付きました。 まだ見ぬ架空の男性相手に!笑 子どもいらんよって言う男性と結婚したらいいだけやのに何悩んでたんやろ\(^o^)/ 悩みなんて大半はただの幻想なんやなって改めて思いました(笑)

 

 

 

 

3年半前までは 「ゆるく生きる」とか、反吐がでるくらい嫌だった。笑 そういうこと言ってる人やそういう風潮に虫酸が走っていた。 超超超・頑張る教だったんだなぁ~ と、数年後に気づいた。 ぢんさんを知ってからの3年半は 「幸せになる/幸せな考え方を手に入れる」の 「頑張る教」になっていた。 「やりたいこと」してるのに、苦しかった。 今わかったのは、その苦しさは 「幸せそうなこと」「幸せになれそうなこと」ばかり していたからだった。 ---------- 私は今、 生活保護&自己破産になるか?! というところにいます。笑 まじズンドコ!…じゃない、マジどん底!(☝︎ ՞ਊ ՞)☝︎ でも、ぢんさんの本に出合わずに

「納得いかないまま"正しい"レールの上を進み続ける」より、

「ズンドコになろうがどん底に落ちようが、おかしいと思ったことにはとことん歯向い、自分の理想を実現するために徹底的にもがく!たとえ力尽きようと!」

という生き方の方が、私にとっては幸せだと思った。 たぶん、苦労を買ってる。 かなりのマゾ。 でも、ハタからみたらバカでしかなくても 私は賢くスマートに生きるより、 自分が納得できるように生きたい。 そういう自分に戻れたことが嬉しい。 (苦しいことは増えたけど!笑)