「価値観とか思考の枠をヒョイっと超えて 人生を遊んでる人」

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道・木・道

 

 

 

罪悪感を超えていけ。
 
親の価値観を超えていけ。
 
 
そこには猛烈な痛みが伴う
 
年を重ねれば重ねるほど。
 
先送りすればするほど。
 
 
だから、早ければ早い方がいい。
 
25歳で超えて行くのと45歳で超えて行くのとでは
 
罪悪感の重さがまるで違う。
 
体力も違う。心の体力もね。
 
だけど、
45歳でやっと気づいたのなら、今なのだ。
 
 
親は、超えて行くことを魂レベルでは応援している。
絶対に。
 
あの罪悪感を刺激してくる表情をしながらも。
 
 
親の価値観を超えるということは、愛していないということではない。
 
それも、あの人たちはちゃんと分かってる。
 
分かってる人しか、きっと親にはならない。
 
 
 
 
知らんけど。

 

 

 


「やり方」に
自分の思いや伝えたいことを
落とし込んでいくこと。
 
教わったこと、ただやってみるだけ。


もらったノウハウに、
自分の思いやアイディアを落とし込む。
絡める。

 

 

 

 

なくならないけど、実は、ない。
不安・焦り・恐怖・虚無感・罪悪感・苛立ち・絶望・後悔・不快感… そういうのって、ゼロにはならないんですね。 いつか、そういうものから完全に解放されるんだ!と思っていました。 「幸せでもタンスの角に小指をぶつける」って、ぢんさんおっしゃってるのに(^^;;笑 先のことは、わからないまま。 何が「天職」か、わからないまま。 「自分の本当の気持ち」も、わからないまま。 不快な過去や感情を抱えたまま、一歩一歩進んでいく。 暗闇の中でうずくまって寿命が来るのを待つのではなく、「進んだ先に必ず光はある」と信じて進む。 暗闇だから、躓いたり滑ったりする。 何もかも嫌になってしまう時もある。 そういう時はとことん休んで、 転んでも転んでも立ち上がってまた進む。 そうやって生きていく(生きてきた)んだなぁ。 そして 自分にまとわりついていると思っているものは 実は手放せるもので、 それを手放した状態こそが 目指していた「光の中」なんですね。 あの時自分を躓かせたものは 実は宝石の山だった。 あの時自分を滑らせたものは 実は美しい花弁だった。 光の中だと、それがよくわかる…かな?

 

 

 

 

節約して節約しても結局くだらないことで出費すると以前読んだ本に書いてあったのでお金はある。を心の中で呟いていたら主人がママにもお年玉ね。と2万円くれました。うわぁ効果でたあ。と思いつつときめく物もないし、本当は東京に行ってスカイツリーから一人で心ゆくまで綺麗な夜景を見たいなあ。でも贅沢だなあ。二万円じゃ交通費や何だかんだで足りないなあと中々使えないでいてあわよくば貯金しようかなあ。と取って置いた所、旦那様がインフルエンザ。病院連れて行ったり、家族にうつらない為にドラックストアーでアルコールスプレーやウェットティッシュ、栄養剤やら、アイスノン、あっと言う間に二万円は吹っ飛びました。くだらない事で出費する。を体験してしまいました。こんな事なら足してでも自分の為にしたい事すればよかったなあ。罪悪感から中々行動にうつせないとこんな事になるんですね(笑)

 

 

 

 


自分以外の悩みって、ほんとコントに見えますね。(怒られますよね、すみません) 私、お財布にいつも400円くらいしか入ってないんですけど、そのまま東京に出張行くし(基本クレジットカード派なので。で現金しか使えないところで恥ずかしい思いをするw) 自宅のトイレで、未だに鍵かけたことないけどなんとも思わないし、 電気代3万円来ても、そっかー、ちょっと使いすぎたナーってスルー(光熱費は私が払う係り。ダンナさんが払ってくれる人うらやましい★) みんないろんなことで悩んでるんだなって思って。 じゃあ、きっと私の悩みも他の人からみたらきっと、面白くてコントなんだろーなー。 って書いてて思ったんですが、そういえば自分の悩みってなんだろう。・・・ぢんさんのブログを読んでいるうちに(4年くらいですかねー)最近悩みが無くなりました。 大きなパッカーンはないんですけど、そっかー、自分はこのままでいいんだーって体感しています♪

 

 

 


お金ないのに
お金ないのに、なーんか貧乏になる気もしなかったし、貯金は48年間したことないし、離婚したけど、1年以内に再婚して。 3人の子供連れて。 そしたら、新旦那の給料が3倍になり、3人の子供の大学費用、全部だしてもらって、 お義父さんの遺産がなんかすごくいっぱいあった!←イマココ。 次、なにか投資でもやろーかなと。 もっと、お金増えそうなきがしてる。 罪悪感あるときは、お金なかったー! 罪悪感なくなってきたら、お金増えた! 心屋知ったら、私はお金増えたー!

 

 

 

仁さん こんにちは。 ふと思ったことを伝えたくて…初コメントです。 テレビ等でよく見るVR体験、あれって人生そのものだなぁと。 皆、自分専用のシステムで、実際は平らな床の2m先にある物を取ってくるだけなのに、高層ビルから突き出た細く板を渡る背景だったり、暗闇だったり、イバラの道だったり、お花畑だったり…。 自分はVRの世界を見てるのに、側から見たらただの床で何怖がってるの?とか。 私の娘は、自分で険しい道を作って失敗して自分のこと卑下することの繰り返しです。 今までは娘のVRの中にまで顔を突っ込み、私までハラハラドキドキ! でも仁さんのおっしゃっていることがわかりつつあり…今は娘が設計したシステムなのだからと、外側から床を進む娘をただ見ています。 私のVRは大好きな犬と花に囲まれて好きなことだけできるようになっています! 感謝です。ありがとうございます~

 

 

 

「僕たちはお金がなくなったらどうしようって考えるけど、なくなるお金っていうのは、もともとなくなる運命だと思うわけ。お金が減ったり増えたりしても、それでいちいちプレッシャーを感じる必要もない。

 

 

 


目の前に起こっている現象(問題、出来事)を通して、
自分のどんなテーマに気づき、
刈り取ることができたのか、もしくは
気づき、学べたのか
の方が
問題解決以上に大事だったとわかってきた。
 
そこに気づくと、嵐が過ぎ去った時
悩む前の0の状態ではなく
もっと高い場所にいることに気づくようになった

 

 

 

 


・察する
・想像する
 
のではなく
 
・聞く
・伝える
 
コミュニケーションをしてみてね。
 
そして
・嬉しい
・楽しい
・あなたのことが気になる
・恥ずかしくて照れちゃう
そんな感情をかくさず表現してみてね♡ ←すごく大事!!
 
 
で、
彼と直接コミュニケーションをとるのが怖いのは
 
・傷つくかもしれないから。
・気持ちがバレるかもしれないから。
 
とか、いろいろあると思うんだけど
残念ながら
傷つくことを恐れていたら
恋愛は進みません。。。
 
たとえ、傷ついても
彼に好かれることと
あなたの価値は全く関係がないことなので
そこを結びつけないでね^^
 

 

 

 

趣味、自分。興味があるもの、自分。とやっと言えるようになってきかも。 ずっと親の期待に応えるような人間、世間の常識のような人間、昭和の日本の価値観で言う所の清く正しく美しく、安定した立派な仕事をし世のため人のために役に立つ人間になろうと(そんなもの、ただの勘違い。妄想または洗脳だったのにね)生きてきた。ちゃんとしたいい子、ちゃんとしたいい妻、ちゃんとしたいい母親。 そうでなければ自分には価値はないし、人から後ろ指を指され嫌われ非難され・・・生きていけないんじゃないか。大変なことになるのではないかと思っていた。 本当の私は抹殺され置いてきぼり。なかったことにしていた。そしてそうしていたのは私。心屋に出会ってこの春で5年?6年だっけかな?自分のこと嫌いだった私が、自分のこと可愛い、いとしいと思うようになったよ。

 

 

 

 

 

物事を明るく捉えるっていいですね! 明るく捉えても暗く捉えても結局そこにあるものは変わらないのに違って見える。それに+なんかしらんけど~でほっとく(笑) でも、結果良くなる。あれこれ人間の頭で考えること以上の事が起こるから、もう悩んで考えることすら私にはおこがましいとすら思う。神の味噌汁。 自分の問題なのに、ほっといてなんか変わるんか? と思ってたけど、考えて解決することは私の仕事じゃなかった!神様のお仕事に口出ししてた(笑)

 

 

 


パートナーの浮気、借金、両親の他界、債務整理とドドドドって押し寄せたチャンスの嵐 当時は 暗黒の世界で生きてることが苦しく でも、両親の守ってきたもの守り通さなくちゃって 頑張ってました。 債務整理をしたときも 誰にも相談なしで 諦めの境地でした。 でも、なんかしらんけど、頑張りをやめて、降参したんです。 お墓は、何年後かに建てればいいや。借金も債務整理することで 助けてもらえばいいや。 そのくらいのシンプルな考えで白旗揚げました。 あんだけ頑張ってた時には、なにも変わらず 悪くなる一方だったのに、降参したら、 パートナーが浮気やめて、そのタイミングで お金ない私を明かさなくっちゃならない状況になり、 全て明かしました。 すると なんかしらんけど、お金を多くくれるようになり、車のローンや車検代や欲しかった物をてに入れられるようになり、お金少なくなったなぁーって時には、なんかしらんけど ちょくちょくいただけるようになりました。 きっと、目の前の問題にばかりとらわれて、ちっちゃなかすかなチャンスに気がつかなかったし、なんかしらんけどって、あとで振り替えってわかるもので ドッカーンとかって なくても ちゃんと変われるんですね。 わざわざ、自分で問題提起して、ドッカーンばかり期待してました。 へたな脚本家かよ!って笑っちゃいます

 

 

 


何かしらんけど教の信者ですが、 それがなにか?(笑) ぢんさんの言う アスパラの先っちょみたいな ちぃちゃい、へなちょこな 可愛らしい本当の自分に出会って、 ニコニコ、ほっこり体験してますが、 なーにーか?(笑) まだ状況は何も変わってない。 でも、毎日何かしらんけど謎の 安心感に包まれてますけど、 なーにーか?(笑) 何かしらんけど教、 楽しいです!(笑)

 

 

 

 


やめたくてやっとやめた宗教。 やめたら大変な事になると散々脅されて、気がふれたと罵倒されて、裏切り者、無責任となじられ。 怖かったけど、仁さんのたくさんの言葉を御守りに握りしめてやめました。 あれから大変な事なんかなーんも無いし、益々元気に、しかもあの頃より主体的に穏やかに生きられるようになった私を見て、その罵倒してきた人が『何か新しい宗教でもはじめたの?誰の教えを、何の本を読んでるの?』だって(笑) 気になるらしい。 あんなに怖かったその罵倒してきた人とも、ビックリするくらいシラフで話せるんですよ。 何とも思わないの。 恐れていたものは全て幻想だった。 でもー、心屋の事は教えてあげたくないな~と、意地悪な私です(¬。¬ )

 

 

 


【反対も批判も「ご意見」としてありがたく頂いて 「あぁ、あなたはそう思うんですね」と。】 ↑反対や批判って、こういう感覚でいいんだ。ってぢんさんに教えてもらいました。昔なら『怒られた…』とそれ引きずって、反省して落ち込んで、自分責めてを繰り返してました。昨日も職場で良かれと思ってやった事を注意され…少し落ち着いて、『あ~正しいって思う事が違うだけなんだなぁ~』って思えた事が嬉しくてニヤニヤしてしまいました(笑)

 

 

 

 


ずっとモヤモヤしてます。 堅苦しい仕事が嫌で、辞めるつもりでいます。次の仕事は決まってないけど、何をしようか考えると楽しみ。 旦那さんはずっと反対。 アドバイス聞かないで勝手に辞めるのか、生活はどうするんだ。仕事しないなら早起きして活動しろ! あーーもううんざり!!この人といると何もできない、イライラする、わかってもらえない!! けどそれ当然なのか。みんな考え方は違う。「あなたはそう思うのね、でも私はこうする」って、言えばいいんですね。自分で自分の意見に賛同してあげよう。

 

 

 


そして最終的に自分の「したい」にストップかけてるのは自分なんだよなぁ(--;) 私の場合、誰も反対しない、むしろやりたいようにどうぞな環境なんだけど、ストップかけるーーー

 

 

 

 

 

どこかの美大生さんの言葉が、最近よく思い出されます。 内容もうろ覚えですが、こんなのだったと思います。 絵かきになりたくて、美大に入った。 自分は絵が好きだし、それなりにうまく描けてはいるかと。 でも入学して愕然とした。 自分の技術がダメということにではなく、「絵かきになりたい」と思っていた自分に。 本当に才能のある人は、すでに絵かきなのだ。小さい頃から好きなこと(絵を描く)を当たり前のようにやり続け、絵かきになりたいなどとは思っていない。もうすでに絵かきなのだ。 絵だったか、彫刻だったか、本当に忘れてしまいましたが、例えば宮崎駿さんもアニメが好きでやり続けてたら、いつのまにか「世界の宮崎駿」になっていただけで、それになるための努力はしてないんだろうなと。


目の前のやりたいことをやる。本当にそれだけ。そしてやり続ける。そしたらいつのまにか、それなりの自分になっていくんですよね、きっと。それも自分の気づかないうちに。 よし、目の前のやりたいことに集中します!

 

 

努力が報われるわけではない。 でも学校や親、社会からは努力、反省、目標を立てることなどを 当たり前のように言われ続けてきました。 熱があっても座薬入れて仕事とか。 体は悲鳴をあげているのに、いろんな症状ででいるのに、とにかく努力。 こうやってブログ読ませてもらって、何だ簡単、前提かえるだけ? ともう十分頭では分かっているのに、これまでの辛かった人生を頑張ってきた もうひとりの自分がそれを許さない。 私の今までの死ぬほどの努力はなに?無駄やったん?と。 どうしても心がざわざわして、逃げずに探ってみたらそんな思いがわいてきました。 そう、「これまでの何十年分の努力、無駄になってもいい!」 忘れないようにコメントさせてもらいました

 

 

 

私心屋流カウセラーのかたに言われたんです。一番始めはダメな私自身を感じきらないと、感じきってそれが笑えてこないと、色々試しても土台が傾いたままだから、色々心屋流を試しても入らず落ちていくよ~と言われました(^◇^;) 今否定前提を感じきる練習?みたいに否定感情をノートに書いてますかね(-ω-;)…

 

 

 

 

勝手にこうやって生きるべき!って決めてる…って衝撃です。 幸せな人生を生きるべき! 楽しい人生を生きるべき! って決めてるかもしれないです。 不幸で楽しくない人生もありじゃん?って思えたらなんか笑えました(笑) どんな人生もあっていいんだぁ~って通勤中に泣きそうになりました。 なんで幸せで楽しい人生がいいって思うんだろ?って考えたら、なんか楽しそうです。

 

 

 


・人は快楽にはお金も時間も惜しまない。だとしたら、快楽をちゃんと使ったらすごいのではないか??

 

・自分の中の、あーーーたまらん、恍惚となるもの、あなたの中の変態を探してもっと追求する。


・快の時間を増やすには、不快の時間を減らさないといけない

 

器の大きさは決まって無くて 充たされながらどんどん大きくなって 器も広がっていく
 
・この器が大きくなる時に抵抗があるのが『罪悪感』。この器を大きくするのに 肚を決めなくてはいけない。
自分の快楽を追求すると誰かを傷つける
快楽を追求すると 自分を傷つける
そういう思いがあると傷になる方を抑えてしまう

 

 

 


 
「感じられる心と体」は命からのプレゼント。
 
 
その「感性」は、人生の宝物であり
生きる歓びであり
あなたを幸せへと導く道しるべである。

 

 

 
「感じられる心と体」は命からのプレゼント。
 
 
その「感性」は、人生の宝物であり
生きる歓びであり
あなたを幸せへと導く道しるべである。

 

 

冷たい自分、
怖がりな自分、
また新たに、いろんな自分を知った。
 

 

でも、今なら分かる。
 
 
経験する辛いこと、悲しいこと
うまく行かないことを
ちゃんと見ることが
人生を豊かにするって。
 
 
喜怒哀楽の
ポジティブだけではなくて
ネガティブを味わうことも
魂にとっては喜びなのだ。

人生、短い。
 
 
好きなことしよう。
やりたくないことやめよう。

 

 

 

何か得体の知れない「怖さ」で。。。
 
 
今考えると、
自分の常識や価値観の外側にいくのが
本当に怖かった。。。

 

 

 

「価値観とか思考の枠をヒョイっと超えて 人生を遊んでる人」
 
そう。いいも悪いも受け止めて味わってる。
そんな人生を遊んでる人たち。
 
あなたが本気だすと、この世界は応えてくれる。

自分に正直に、なんて生きようとしたら
いい人でいられなくなる。
 
不要な敵をたくさん作らなければならなくなる。
 
起こさなくてもいい波風立てなきゃいけなくなる。
 

 

 

 

本音で生きるって、ツライよ。キツイよ。
傷つくよ。たくさん。
 
優しく生きてる方が、ラクだよ。
 
簡単に、そうなりたいって言うけど
そうできる人がかっこいいって思うけど
 
どれだけその人に覚悟があるか、
知らないで言ってたよね。
 
 
だけどやっぱり
本音で生きるって、
自分の中にものすごく太い幹が据わる。

 

 

 

自分らしく生きる、って、ツライよ!
 
恥ずかしいよ。
 
キツイよ。
 
 
 
それでも、そっちの方向へ、行きますか?