「自分は、自分のことをどういう人間だと思っているから、その行動をとるのか」 つまり 「自分はどういう人間だという大前提なのか。」 それが 全て、です。 勝手に決めたことだから 勝手に変えればいい。

「あんなことして、いいんだ」
「それ、しなくていいんだ」
「あ、そんなにうまくいっていいんだ」
「あ、心配しなくていいんだ」
という、心の制限を外すこと、
そちらの方が大切です。
 

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自分には無理だ、と勝手にあきらめなくていい」
あなたには
あなたの知らない
無限の可能性があるのです

 

 

 

素晴らしい自分を、前に出せ!
素晴らしい自分を、自由にさせろ!
素晴らしい自分を、
もっと大事にしろ!、素晴らしい場所に置け!!
素晴らしい自分にもっと注目しろ! 気づけ!!
素晴らしい自分をもっと尊敬しろ! 褒め称えろ!!
素晴らしい自分に、もっと感謝しろ!!]
素晴らしい自分に、もっとお金を使え!!

 

 

 

 

人生は
何があるかわからないから、面白い。
どんなところで
自分のスイッチが入るのか
覚悟スイッチ
本気スイッチ
は、大体、

絶望と挫折
夢と希望と憧れ
そんな
「刺激」がスイッチを入れてくれます。
それまでは
好きなように生きていればいいと思うのです。

 

 

 


「そもそも自分の中にあるもの」を
表に出してみる作業。
「そもそもあった」もの。
「そもそも叶うと知っているもの」
「でも、やり方は知らないもの」

 

 

 


「自分は、自分のことをどういう人間だと思っているから、その行動をとるのか」

つまり
「自分はどういう人間だという大前提なのか。」
 
それが
全て、です。

 

勝手に決めたことだから
勝手に変えればいい。

 

 

 

我々が自分自身の光を輝かせれば、ひとりでに他の人々も同じく輝かせることができます。
我々が自分自身の恐れから解放されるとき、その影響は他の人々をも解放することになるのです。

 

 

 

必死にやってたことを、やめて
好きでやっていること、
世間に遠慮してやってなかった事をやればいい。

 

 

 


人からもらった目標や
人からもらった楽しさや
ひとと同じ楽しさや
ひとの役に立つという、まやかしの楽しさではなく
本当の自分の心が望む
本当の自分の心が躍る
そんなことに進んでいけばいい。

 

 

 

変えられないものを
変えようと躍起になるんじゃなくて
もっと、
嫌われても
嫌がられても
怒られても
自分の「楽しい」と「好き」、
「テンションの上がるもの」に
時間とパワーを注ごうよ。

 

 

 


生き方においては、自己満足を目指したヤツが最強だ。
自分を楽しませることさえ出来ていれば、まわりに素晴らしい仲間が集まってくるようになっている。

 

 

 

歳を経て、私は逆に、世の中は金じゃないと思うようになった。 
自分が健康で、真面目であれば、自分の食い扶持くらいは日本では稼げる。 貧しくても。
それよりは、周りにいる人(夫や子供や実家、義実家、友人関係)の人間性の方がずっと自分ではどうしようもないことであって、また影響も大きい。
周りにいる人の人柄は本当に大切。 そのためにも自分の人柄も常に磨こうと思っている。 
類は友呼ぶというのも本当だと思うから。

 

 

 

 タブーに飛び込むということは、言い換えると
「いい人やめる」つまり「いいひとでない自分にオッケー出す」てことだから。
 

 

 

 

「ちゃんと」よりも大切なこと、
それが
「楽しむこと」

 

 

 

 

自分の価値観の外にいる人。
真似をすることで、
自分の価値観と可能性を広げてくれる人。
一緒にいたり、真似することで
捨ててきた自分、あきらめてきた自分、
知らなかった自分との「統合」が始まる。
主に真似するのに抵抗がある、苦手な人、嫌いな人、迷惑な人、許せない人。
 

今まで捨ててた選択肢を受け入れる。
今まで捨ててた、汚い自分を受け入れる

 

 

 


夫は「不良になるのも勇気がいる」と言ってましたが、道を外すのも覚悟がいることです。

 

 

 


世界が誇る天才達だって(未だ)ガンを治せる治療法を見つけていないし、時間移動も出来ない。空飛ぶ車も無ければエネルギー問題だって解決出来てない。10代20代で自分に自信がないって、それが自然、至って正常なこと。正常なジャッジができることは、優れているということ。挑戦して、どんどん失敗したらよろしい。失敗した時は笑って、どうして失敗したのか考えて、次の一歩を決めると良い。失敗した時に笑ってくれる人が近くに居ると良いね。そういう人と仲良くすると良い。自分に危害を加えてほくそ笑んでる人たちとは、仲良くしなくて良いんだよ。そうして生きてきたから、僕は大学生の20代に出来た友達は2、3人だけど、30歳で社会に出て友達が一気に増えた。挑戦して失敗したことは、もう昔の話。ほんのちょっとだけ成功した今が楽しくて仕方ない。このまま上手く行くとは限らないけど、失敗しても次の一手を考えることができるのさ。

 

 

 

 

35歳くらいまで何だか分かってなかったかな。 
人生分かってるようで分かってないし見えてるようで見えてないし。色んな小さな失敗やらかして来たと思うし、かなり偉そうな事言ってたり尖ってたりしたかな。自分一人でやってるようなつもりで、走ってるってのも自覚ないし。 
45歳過ぎたくらいからかな、自分の思い上がりに本当に気付いてくるのは。人生思い通りに行かないもの。それまでこうしたいこうして欲しいと自分が頑張ってるつもりなのに実は人に要求していた。そんな力も抜けて色々退いて見る事が出来るようにこの年になって漸く出来るようになった。 
いや、まだまだだけどね。だから本当に人生が楽しくなるのはこれからかなと思ってる。 
主さん、若い時も貴重だけど絶対これからだと思うよ。今から青春してもいいと思う。 
今の思考力で前向きに楽しむのが逆にいいと思うよ。楽しみましょう。
 

 

 

 


一遍曰く、ひとは生きながらにして成仏できる。念仏をうたい、おどるのだ。子供になれ、獣になれ。ひとはいつだって、なんにだってなれるんだ。さだめられた農民としての生き方なんて捨ててしまって、好きなように生きてしまったっていい。海で暮らしたっていい。山で暮らしたっていい。フラフラしているだけだっていい。
 浄土が見える。お国のためだか、ご主人さまのためだかしらないが、だれかのために、なにかのために生きさせられるのは、もうまっぴらだ。どうせ体でもこわして、米をつくれなくなったら、虫けらのように使い捨てられるのがオチなのだから。ほんとうは、武士だって同じことだ。御恩だ、奉公だのといって、そんなものにつき動かされていたら、虫けらのようにひとを殺し、殺されるようになってしまう。国土なんて、どうでもいい。財産なんてほうり出してしまえ。悪党上等だ。南無阿弥陀物、南無阿弥陀物。

 

 

 

 

 

「しんどい時の『規則正しい生活』『カロリーの高い食事』『犬を飼う』は3点セットです!」
 「『ちゃんと暮らす』のが大事と気付いてからは、人にちゃんと相手してもらえるようになりました。こういうことなのか、と思いました」

 

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宗教って、そもそも
生き方であり、哲学だと思うのです。
如何に生きるのか
如何に「ある」のか
僕は大好きです。
 
「わたしは」どうしたいのか
「わたしは」どうするのか
与えられた環境の中で
与えられた境遇の中で
「わたしは」どうするのか。

夢中にやっていると
役に立とうとしなくても
誰かを喜ばせなくても
勝手に人は
喜び
巻き込まれ
一緒に幸せになっていくから。
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誰かに
認めさせるためにがんばっても
誰も認めない、ダレも幸せになれない。