ミルキーライナー

ふう、やっと接続できたか・・・おひさ

 

f:id:rockmanlife123:20180517084647j:plain

2018/04/22 15:27

俺は今泣いている。涙が流れている。
帯広からミルキーライナーに乗り、新千歳空港に向かっている。
今日見た「光」は一生忘れないだろう。


今、なぜバスの中で涙が出てくるのかは自分でもよくは分からない。
うれしいのか、悲しいのか。
そのどちらでもないなんなのか分からない不思議な涙だ。
高速バスからは北海道の雄大な景色が流れている。

今、この瞬間。自分にとって大きな人生の大事な1ページだと確信している。なぜかは分からないが、そう感じるのだ。

これからだ。これからが始まりなんだ。スタートを切る。

 


身体がバランスを取り戻すときでも、嘔吐や下痢などを必要とする場合もあります。それと同じように、人間関係の不愉快で苦渋に満ちた体験の中にも、前向きな意味があるのです。

身体にとっては、鼻くそ一つにも重要な意味があります。
鼻くそにだって存在の「意味」があるのに、君が誰かを深く愛したという尊い事実に何の意味もないなどということがあるはずない。


「私に価値がないから、失恋したのだ」と君が思うとしたら、それはとんでもない間違いです。価値があるから、心の自己治癒力が働いてくれたのです。


君の心は、あえてボロボロになることを求めたのかもしれません。古い皮膚がボロボロになってはがれていくように、古い君の心がボロボロになってはがれていくことは、心の新陳代謝のために必要なことだったのかもしれません。

 


あなたは自分で夢を創っていかなくてはなりません。
どうやって創っていくのかというと、「まだ完成されていない自分」つまり「ダメな自分」を一歩ずつ克服していくことによってです。

ダメな自分に苦しみ、それを克服していくことが夢を生み出す力になるのです。「私はなんてダメなんだろう」という苦しみには、だから、前向きな意味があるのです。


君の夢は、与えられる夢ではなく、自分でつかみ取る夢です。自らが作り出す夢なのです。だから、「私には夢がない」と苦しんでいることそのものが、すでに夢の実現への一歩なのです。


自分という人間を試行錯誤で完成させていきながら、自分で夢を創っていく人生なのですから、その人の夢がどんなものであるかは、少なくとも人生の後半になってようやくその輪郭が現れてくる。あなたは大器晩成です。

 

 

悪い時がすぎれば、よい時は必ず来る。おしなべて、事を成す人は、必ず時が来るのを待つ。あせらずあわてず、静かに時が来るのを待つ。

 

 

2018/05/17 14:22

西城ひできさんが亡くなった。人生は短い。あっけない。


誰もがただの「人」

たくさん持っている人、輝くような才能のある人に会っても、自分を卑下することなく「ふつう」に接することができるようになった。逆にわずかしか持っていない人に対しても「自己責任」だとか「努力が足りない」と言って責めることもない。

ただの人がただの人に接するだけ。そんな風に思えるようになって、人との関係も変わった。


新緑の季節、草萌え出ずる。

それぞれが独立したように見えて、その実、根っこで複雑に絡み合う。都合の悪いものだけを引き抜こうと思っても、少し離れたところに生えてくる大切な草にまで一緒に抜けてしまうことがある。まるで、望むと望まざるとにおいて、他者とつながっている私たちのようだ。

さわやかな風にそよぐ草たちに我が身を思う。


社長の仕事は遊ぶこと。見聞を広げ売ること。
いろいろな遊びやつきあいをして頭を柔らかくして、外で学んだことを会社や経営にフィードバックさせるのが仕事です。


社長が社内にいて、見張っていると、事務をしてくれている人たちは迷惑します。邪魔なんです。だから外に出て、会社のために見聞を広げている。


お金を無意識に否定している人のところにお金は集まりません。
ぱくちーが嫌いな家にぱくちーはありません。

川の水はじゃんじゃん流れて、上流からいつも新しい水が流れ続けています。でも、みんなが自分だけの分がほしくて水をせき止めて、自分のため池をつくると、そこから奪い合いがはじまります。


そして、ため池にためた水はやがて腐っていき、そのうち地面に染み込んでなくなってしまいます。
お金はじゃんじゃん出す!使う。回していく。
川の流れを止めてはいけません。そうすれば入ってきます。
使えば使うぶんだけ、必要な分が入ってきます。そういう仕組みになっています。

これがお金に困っていない人の考え方なのです。とりまそういうことにしておいてみてください。

 

お金をつかって、いったい何を得ようとしているんですか?
あなたは買ったものを通じて、何を得ようとしていますか?


あなたが本当にほしかったものは、お金そのものではなく、お金のたくさんあるときの安心感。


「ある」と「入ってくる」と知っていれば、自由になれます。
そして実はこれ、自分で決めることができるのです。

 

そうやって、自分で自分の「ある」を認めて、安心できると、お金に執着しなくなります。すると、不思議なことにお金にぜんぜん困らなくなる。お金がどんどん入ってくるようになります。すると欲しいという気持ちがなくなる。


逆なんですよ、すべてが。


自分には、「ある」という安心感は、言葉を変えれば「自信」とも言えます。安心の度合いが高ければ高いほど、自信の度合いも高くなる。

お金なんてなくても、自分には「ある」んだから、みんなに認めてもらえる、優しくしてもらえる、安心していられる。

それが「自信」です。

 


そして、「ある」、お金なんてなくてもどうにでもなる。なくても平気だ。とも思える。そう思っていると、お金に執着しなくなるので、お金は必要なだけちゃんと入ってきます。空気もいつでも吸えると知っているから、息をとめなくても大丈夫なように。


実は何も心配ないんだ。実は自由なんだと気づけば、豊かさもやってきます。つまり吸ってもいいし、吐いてもいい。

 


あなたの常識の外を見に行きましょう。

だって、どうせ自分には価値があるのだから。
自分で自分の価値を信じられたとき、自分は何もしなくても与えてもらえる人間なんだ、すでに与えられている人間なんだと信じ切れたとき、あなたは豊かさに包まれます。

 


自分がいくらがんばっても限界がある。限界がきて倒れてしまう。だからがんばるのをやめたんです。すると、人が向こうからやってきました。
世の中にはいろんな人がいます。
いろんな「好き」をやりたい人に「好き」をやらせてあげるのが、「他力」を使うということです。

 

 


「自分が」を捨てると「好き」をやりたい「他力」が集まってきます。
「自分が」を捨てれば捨てるほど、「他力」が集まってくる。

 

だからがんばるのをやめて「我」を捨てれば、何倍、何十倍もの他力が集まってきます。
自力を越えた豊かさがやってくるのです。


最終的には世の中を味方につけたものが売れる。世の中を味方につけるというのは、世の中にすべて任せた「他力」にまかせたことになると僕は思います。
やっぱり「他力」なんです。あとでそれを分析して、真似ても売れないのですわ

 

全部捨てて、目標を立てずに「他力」にまかせきって、目の前にやってきたものを楽しんでいれば、自分が知らなかった「想定外」の世界につれて行ってもらえます。