なんつーっかなもうだめなんだよね、基本的に
希望なんてないっつーか
なにやってもだめなんだから
開き直って
好きなように生きたい
とはいえ今日もご飯が旨い!
だから生きたいようにいきればいいさっていう気持ちだ。
もうどうせだめなんだし、
拘束されているわけじゃないんだし、やりたいようにやれ!
と自分にいいたい。自分が自分で勝手に縛っているよな、もっと自由に、もっと自在に
だってもうすぐ死ぬんだぜ?いそがないとな
今、病院に来たんだけど、やっぱ改めてくると違和感あるな、患者を管理しているという感じがプンプンする。おれも管理しやすいように番号を与えられた。
おれそのものに価値などなく、ただ記号として、認識さえ、管理される。
それが虚しい
まぁ、当たり前なんだろうけど
みんな病気でいろいろ抱えていてそれを直しにきている
みんないつか病気になって死ぬ
あらためて感じさせられる
おれもそれは逃れられないし、どうやったって避けられない。
おれはこの残りの人生の健康の時間をどう使っていけばいいんだろうかと考えさせられる
どうすれば満足?どうすれば後悔がない?
しっかり考えるのだ。人生はほんとうに一度しかないのだから。
オレはオレの人生を生きなければいけない!
記号に変換されないような、おれオリジナル
な生を!
個性的である必要は別にないけど、みんなからそう思われたいとかないけど、期待なんてしてないけど、
オレの人生を生きているって感じで生きていきたい。
だから、オレの人生ってなんだろうか?
答えなんてないけど、考えることが大事だと思っている。
世の中の99パーセントの人はオレに興味がない、当たり前だ。世間も周囲もあなたに大した興味がないので、他人の視線なんて気にせず、もっとのびのびと楽しんだらいいと思う。
もっと自己満足でいい
いつも他人の評価を気にして、気を使いすぎて、窮屈な思いをして苦しんでいるのなら、
もっと自己満足でいい
誰かの期待なんて満たすために生きなくていいんですよ。ただ自分の信じる道を生きればいい。望むようにいきればいい
ブログにおける最高の戦術は「書くこと」
世の中楽しんだもん勝ちよ
ニートでもホームレスでも、そいつが満足してたら「ニートなんか負け組」って言葉も気にならんやろ
奇跡なんか起こらなくても自分しだいでどうにでもできる
結局、人はなにを学ぶかが重要だと思う
学びたい、成長したいという意欲があれば、適正や能力、そして収入は後からついてくる
狭い枠の中で思考が硬直化しないように、いろいろなコミュニティーに属したほうがいい
あとは、仕事ももっと小分けにできるのが理想です。
たとえば、同じ仕事をやるにしても2時間の仕事を4つやるという意識をもったほうがはるかに楽でしょう
ひとつのことが絶対じゃないということが分かれば心は自由になります
いまいる会社でどういった「仕事の型」を身につけられるかだけを考えていればいいと思います。
自分にあった「型」さえ学べば、あとは自由業になろうが、就職しようが、仕事自体がつらいなんていうことは少なくなるのではないでしょうか。
今の仕事で息苦しさを感じているならば、一度アウトサイドに行ってみるのも手です
「いやだ!」という力をつかって死とは逆側に飛ぶことを考えたほうが良かったと思うのです。
自分の想像を超えたことをやるしかない
そうした「自分の発想の外」の行動をすることで、新しい自由が得られるんじゃないかと思う
後ろ向きをつきつめると案外前向きになったりする
オレは「心房細動」っていう病気かもしれんな