いきラク

生きるのを楽に

ウメハラ理論

同じところに留まっていては、負けだ
昨日より今日、今日より明日、ひとつづつでいいので変わり続けること。大きな成果や成長であっても、煎じ詰めればそれは小さなひとつの成長の集合といえます。

視点を高くする
ほとんどの人が場面ごとの最適解を求める。僕は場面全体を見る
成果は各場面ごとの勝ちの総計ではない
視点というのは方向性や理念のようなものだと考えればいい、ストーリーともいうかも

場面においては失敗したって構わない。視点さえしっかりしていれば
必要なリスクも取りに行けなくなる

 

劣勢になったらとりあえず一歩引く。態勢を整える。その後のことは置いておけばいい。とにかく一度引く。広い視点で状況を見られるようにする。そうするとパニックになっていた感情がだんだん落ち着いてくる。その後のことは、それから考えればいい。

目的は試合を壊さないこと。試合にはポイントがあって、ただ闇雲に全場面で勝とうとするのは無理がある。今できることはなにかを考えること。不調なときだからこそ、確実に出来ることは確実に積み重ねていく。見なければいけないものを見ているのが集中している状態。
態勢を整えると、逆転の芽が出てくる。負けるときも自分の闘い方で負ける。

弱い人ほど目先の損が我慢できない。状況を考えず前に出てしまい、自分のリズムを崩すきっかけにもなる。

成長とは変わること。

勝ちだけを意識した取り組みでは強くなれない。成長しながら力をつけることができれば、自分が楽しいし、いい結果も生まれやすい。だから成長は義務ではなく、楽しく生きて、この時代にコースアウトしないためのツールとして考えればいいのではないか。

本当はもっと前に出て戦わないといけないところで、ディフェンシブに戦ってやられているというのは最近多い。
コースアウトする可能性があったとしても、よりよい走りをしようと思って前に出て戦う。そのときはダメだとしても、成長(変化】を続けることで、次の試合、次の試合で良い結果を出すようになる。このような姿勢でいることが、最終的に自分の身を守ることになるのではないかと思う。

行動力がない人には共通点がある。リスクと捉えるものが多すぎること。

読みや直感は、行動に移さないと鈍る。
動くことで自分の能力がフルに発揮されることを強いプレイヤーは知っている。

真剣に取り組むのであれば、正しく休むことも取り組みの大切な要素になる。

成長の実感も受身の理解だけでは足りない。外からはなかなか評価されない、評価してもらえない内的な成長を、どれだけ意識できるかで、モチベーションは大きく変わってくる。

小さな気づきを見逃さずに意識できるようにする。

成長できたとしてもむやみにハードルを上げない。
目的は成長のループを安定して継続することにある。刺激に対する敏感さを持つことは成長の大きな助けになる。成果そのものも大切だけど、それを正しく意識できることは同じくらい重要だと思ってほしい。
成長のループを続けていると、ついついハードルを上げてしまいそうになる。慣れてきたらハードルを上げればいいと思っていたが、最近は、慣れてきてもおいそれとハードルは上げてはいけないな。
ハードルを下げることは練習の質を上げることになる。丁寧にやるというのはスランプにも効く。
安定した継続がどれだけ価値があるか。

大切なのは普段の取り組みだ。成長のループには自然なリズムがある。勝つだけで人生は変わらない。情けない自分、ズルい自分はチャラにならない。

負けることよりも発見がないことのほうが怖い。
考えることと実行すること。お互いに補い合う関係で、一方だけでは不十分だ。周りの評判や評価を、何の疑問もなく受け入れて、それをさも本当のことのように思ってしまう人がけっこういる。限界がどこにあるかそれは誰にも分からない。

成功するかは別にして、やりたいのであれば、やるべきなんじゃないだろうか。
いわゆる才能や適性というのはそれほど当てにしないほうがいいのではないだろうか。

才能がなかったらやらない、あったらやるというのは「成功するならやる、失敗するならやらない」という考えに近い。実利的な考えで、僕には違和感がある。
才能や適性など当てにしないで、成功や失敗も考えないで、好きならとにかくやってみればいいのではないか?

結局、苦手なことから目を背けていると自信が持てない。苦手に挑戦していけば、たとえ上手くできなくても、挑戦していることで自分を肯定的に捉えることができる。それが自信になる。

勝ち続けるためのひとつの鍵があるとしたら、それは自立心のようなことかもしれない。自分の内側にある基準で物事を判断し、その判断の責任を負う。いずれの考えも、そんな共通点を持っている。

そういった感覚を持って日々の取り組みを続けた先に、ああいった「普通」に通ずる何かがあるのかもしれない。

ゲームであっても、強くなるということの先に人間的なふくらみがなければつまらない。結果の世界だからこそ過程を。真剣の中に遊びをの感覚を。そして、強さの先に優しさを。そんなことをどこかで感じながら、日々取り組んでいる。