いっときやばかったが、暑いの落ち着いた。

人生とは、いまこの瞬間をくるくるとダンスするように生きる。連続する刹那なのです。
そして、ふと周りを見たとき「こんなところまで来ていたのか」と気づかされる。

 

ダンスを踊っている「いま、ここ」が充実してくれば、それでいいのです。

 

 

キーネシス的(動的)人生。

エネルゲイア的(現実活動的)な人生

「いまなしつつある」ことが、そのまま
「なしてしまった」ことであるような動き。


過程そのものを、結果と見なすような動き。
「いま、ここ」に強烈なスポットライトを当てていたら、過去も未来も見えなくなるでしょう。


過去が見えるような気がしたり、未来が予測できるような気がしてしまうのは、
あなたが「いま、ここ」を真剣に生きておらず、うすらぼんやりとした光の中に生きている証です。

 

人生とは連続する刹那であり、過去も未来も存在しません。
フロイト的な原因論に立っていると、人生を因果律に基ずく大きな物語として
とらえてしまいます。

 

しかし人生とは点の連続であり、連続する刹那である。そのことが理解できれば、物語の必要はなくなるでしょう。

 

「いま、ここ」にスポットライトを当てるというのは、いまできることを真剣かつ丁寧にやっていくことです。


毎日少しでもいいから、数式を解く。単語を覚える。つまりダンスを踊る。
そうすると、そこには必ず「今日できたこと」があるはずです。
今日という一日はそのためにあったのです。


どう生きたか。その刹那を見ていくのです。

人生における最大の嘘、それは「いま、ここ」を生きないことです。


あなたはこれまで、「いま、ここ」から目を背け、ありもしない過去と未来ばかりに光を当ててこられた。自分の人生に、かけがえのない刹那に大いなる嘘をついてこられた。


さあ、人生の嘘を振り払って、怖れることなく「いま、ここ」に強烈なスポットライトをあてなさい。

わたしは「変わらない」という決心をやめ、新しい生き方を、新しいライフスタイルを選ぼうとしているのかもしれない。

 


「一般的な人生の意味はない」
われわれは困難に見舞われたときにこそ前を見て、「これからなにができるのか?」
を考えるべきなのです。人生の意味はあなたが自分自身に与えるものだ。

 


他者から嫌われることを怖れず、他者の人生を生きなさい。自分だけの道を選べ。

「他者に貢献するのだ」という導きの星さえ見失わなければ、迷うことはないし、
なにをしてもいい。嫌われる人には嫌われ、自由に生きてかまわない。

自らの上空に他者貢献という星を揚げていれば、つねに幸福とともにあり、仲間とともにある!

そして、刹那としての「いま、ここ」を真剣に踊り、真剣に生きましょう。
過去も見ないし、未来も見ない。

完結した刹那を、ダンスするように生きるのです。

誰かと競争する必要はないし、目的地もいりません。
踊っていれば、どこかに辿りつくでしょう。

 


わたしは長年アドラーの思想と供に生きてきて、ひとつ気づいたことがあります。
それは
「ひとりの力は大きい」いや、
「わたしの力は計り知れないほどに大きい」
ということです!