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生きる苦しみだったり自殺だったり

自殺も含めて“逆戻り"できないことはなるべくしない方がいいと思う。

漫画家 古泉 智浩

一般的に言われている適年齢をすぎても経験がなかったことで、性に対して妄想とも言えるような大きな憧れを抱いていたから。結局あるときちょっとしたきっかけで経験した・・・

率直な感想は「あ、こんなもんか」って(笑)。人生におけるイベントってそんなものなのかも知れない。体験しなければ分からないことだけど、あんまり期待しない方がいいこともあるって(笑)

ヤンキーに殴られる恐怖を克服しようと思って、空手を始めた。ヤンキーに対する恐怖は子供の頃からあった。空手でリアルな痛みを味わうと、痛みというものに対する物差しが持てる。道端のヤンキーに殴られても「こんなものか」っていうのがわかると、ヤンキーが怖くなくなった。

 生きることに対して、楽しい、いいことがある、とはっきり言えない社会だ。生きずらさはある。誰だって幸せになりたい。だけど、幸福を気にするあまり、不幸が気になるんだと思う。明確でないものは気にしない方がいい。気にしても答えは出ないからだ。


夢を持てと言うけれど、目標と夢の混同は危険だ。本当は目標というべきレベルのものを夢と勘違いしてしまうと、叶わなかったときの絶望感が強い。目標と夢は区別すること。夢は叶ってもいいし、叶わなくてもいい。女の子を100人並べて次々とスカートをめくっていくこととか、ありえないことが夢でもいいんだから。

 自殺しないために、希望を大きくするとか、ストレスを減らすとか・・・・・・。漫画や映画のように、ハッピーな場面で幕が引けたらいいのにと思うけど、残酷なことに人生は続いていく。


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村山さん

死ぬってことが甘美に思える瞬間がある。でもそれは幻だ。
自殺は生を否定する究極の自己選択だ。うつ病を経験した僕には分かる。「死」が堪らなく甘美なものに思える瞬間がある。病気の苦しみと「死」を比較したときに、「死」の方が楽に思える衝動が心を支配するときがある。それは事実だ。僕の事務所には月に2,3度は「これから死にます」という電話がある。そんなとき、僕は理由を訪ねることにしている。色んな理由がある。当然だ。でも僕は自殺を肯定しない。誰になんと言われようと「死んだらダメだ!」と言う。「どうして死んだらいけないの?」と言う人がいる。それに対して、明確に答えられたことはない。でも、それは本能的にダメなのだ。理屈じゃなくてダメなのだ。これを読んで「これから死にます」って人がいたら電話を下さい。いつものように、僕は理由を尋ねます。もし、僕を納得させる理由だったら、自殺は許すかも知れない。けどそんな理由に出会ったことは一度もない。