本当に深刻な問題って人生に何度もないよ。ほとんどどっちでもいいこと。だから気楽に生きる。

親の為に生きるな!

いくら親でも、親の人生は親自身の責任。
親がいくら不幸でも苦労していてもかわいそうでも、
子どもの人生の足枷になっていい理由はない。

 


自分がイヤだと感じる人とは つるまない


私の場合

人と比べない
嫌な事は思い出さない
楽しめない人と会わない
楽しくない場所に行かない
大切な人を大事にする
猫を飼う
心身を清潔にする
軽い運動を毎日する
部屋に花を飾る

自分を愛す

 


大きな目標よりも、小さな目標を立ててやってみる。

 

いますか?私です。
お金の心配は割りとせずにばんばん使っちゃっています。
今我慢してとっといたって 明日死ぬかもしれない、と考える派です。
もちろん、貯金をすることも大事ですがそんなに将来は心配してないです。なるようになるだろと。
その時後悔しても、それは自分のせいだと 受け入れられる気がします。

 

結局はなるようにしかならないしね。

 

本当に深刻な問題って人生に何度もないよ。ほとんどどっちでもいいこと。だから気楽に生きる。

 


人生って、死ぬまでが人生だからね。誰もが一寸先は闇だよ。安泰だと思ってたものも、あっという間に崩れる。離婚・リストラ・裏切りなどなど。そして、自分だけの人生じゃなくて、夫や子供が何か問題を起こしたら、共倒れ。


35で独身で親元で派遣(一応長期契約だけど)で
貯金は100万切ってるし、傍から見るとまぁ色々終わってるよね。
ちゃんと人生設計真面目に考えてる人からしたらあり得ないクズレベルだろうけど
正直あまり心配してない、というかちゃんと考えてない。

いつか泣くときがくるだろうけどわりと能天気。

もっと若い人、こんな私がいるんだからまだまだ間に合う。

 


生き物が悩まなきゃいけないことなど
この世にゃないような気がするんじゃよ
ほっほっほ〜 今のはないしょじゃぞ
言うとみんなおこるからの

by シャチの長老(ぼのぼの

 


子ども全員を借金なしで大学行かせて、希望があれば留学させて、自分たちの老後の資金に何千万貯めてって…どうかしてるぜ!
大学全入時代はまもなく終わります。親の金で留学する奴はほとんどペイしてない。意味ないことはやめよう!
労働者不足は今後ますます深刻になるので、60歳70歳でリタイアしてる場合じゃない!ゆる〜くでもいいから働きましょう!

 


わかる気がする
私、中高といじめのまったくないクラスだったんだけど
共通するのが「お互いに興味ない」こと。

もう少し具体的に言うと、
自分と違うタイプのクラスメイトとはまったく接点がない
さびしいようだけど、それがかえって良かった。
派手な子がオタク系の暗い子をからかったりいじめたりすることもなかったし、
他人に必要以上に興味を持たないのは皆が平和に暮らすうえでとても大事。

 


なるほど。学校てなにかと一致団結!とか皆仲良く!とか集団行動第一!て感じだもんね。だからイジメも起きるのかも。
高校生くらいになればそれくらいさっぱりとした方がいいのもね!

 


今を一番大事にしたいから先のことはあまり考えてない。

貯金もあまりしない。
ただ、もし仕事を急に失っても3ヶ月くらいは働かずに済むくらいのお金だけは置いてる。
家族とか周りに迷惑はかけたくないし。

 


トランプ氏は自己破産四回 離婚三回 そして大統領w あきらめなければなんとかなりそうな。

 

よく一人旅で他県に一泊二日とかで出掛けるけど、
よく遊んでるなーとか言われる。
何言ってんだ!
思いっきり遊ばなきゃ遊んでる意味ないじゃん!!
といつも思います。
貯金もボチボチしてるし、周りは結婚していってるけど私は私なんだ!
ぶっちゃけこの先の事なんか考えてないけど何とかなるさ!(笑)

 


私もなんの心配もしてない
なんとかなるでしょ!って感じで生きてる
お金にもそんなに困ってないのでね笑

 

両親が残してくれた遺産で暮らしてます。家族は猫だけです。
自分は結婚とか子供には恵まれなかったけど、その分、親には恵まれたんだなと感謝しつつ毎日昼まで猫と寝ています。

 


はーい。今までなんとなく大丈夫だろう!で生きてきました。割りと要領いいタイプだったので本気出して頑張ったこともないです。勉強、受験、バイト、仕事。何事もそれなりにかわしてきました。仕事も結婚すればいいやーとやめて実際結婚して専業主婦してます。ガルちゃんでは専業主婦は離婚したらどうするの?とよく言われてますが、そんな心配も全然ないです。

 


なるようにならなかったことが今までないので波に任せて生きるのみ
結婚とか子供とかまだ考えられないし今はのんびり自分のやりたいことの波に浮き輪つけながら流されてる

 

「そんなに年違って老後淋しいよ」とか言われたりしますが、いつ死ぬかなんて所詮わからないし、今日を精いっぱい楽しく生きる以外に、自分に出来ることなんかない気がします。せっかく生まれてきたんだし、心配ばっかりするのは疲れちゃう。

 

 

何言われても勘繰らない。
聞かないことは知らないを突き通してます。
嫌味とか知らん。悪口も言われるだけで1円も取られないし、言っても気分が悪いだけなので言わない。
その代わり、はっきり文句を言います。
マイナスかもしれないけどあえて言う、空気読みすぎると病むよ。

 

楽観主義というかね、何か問題があるなら、単純に解決方法を考えるだけかな。悩んでいるわけじゃないから割とたんたんと生きてる。自分の努力でどうにかなる事なら努力すればいいし、他人の事とか、自分じゃどうにもならない事は悩むのはやめるようにしてる。無駄な時間だし。

 


ハイスペじゃなくても、そこそこのところで満足出来るか、他人と比べないとか、
うまく自分と折り合い付けられる人の方が人生楽しそうだよねー

 

 

がんばって意味があるのだろうか?

最近、自分の頑張りがものすごく無駄に感じで頑張る気になりません
頑張っても、ただ貧乏くじをひいたり良いように利用されたりするだけで何も得られないんじゃないかと虚しくなります

似たような心境の方、このトピで吐き出しませんか?

 

頑張らんでいいやん。適当で


頑張ってるように見せて、手抜いてるヤツが会社で高い評価されると、やる気なくす。


押してダメなら引いてみよう!

 

貴方の頑張り空回りなのでは?
って人たまにいる。
そして被害者感出してくる。
相手のあることならありがた迷惑に思われてるかもしれませんよ。やめやめ!

 

 

ツライことが立て続けにあって、精神的におかしくなる一歩手前の状態だったので、まともに受け止めてばかりでは精神が持たんと思い、今現実逃避してます
少しはラクになったので、こういうことも大事なのかなぁ~と思いました
ある程度回復したら、また現実に戻って頑張ります


田舎だから33歳独身だと職場で肩身がせまい。どんなに仕事こなして身なりを綺麗にしてても「結婚しないのかねー?」みたいな陰口。。未婚は犯罪者なのか?!

 

とりあえず大の字に寝転がって、体の力を全部抜いて、深く呼吸してみる。
吐いてー、吸ってー、吐いてー、吸ってー。
少し楽になるよ。


真面目に頑張ってる人のほうが損をしやすい世の中だって思うようになってから今後の人生は無理せず頑張り過ぎずストレスをなるべく溜めないように生きようと方向転換を始めました。

 

私は頑張るのやめた。周りは「努力できないやつは無価値だ」みたいな意見押し付けてくるけど、それはお前の生き方だろって!そこそこに生きて何が悪いって開き直ってる

 

頑張って学業や仕事をすると苛められ
(人間関係や仕事関連のハウツー本
読み漁りメモったりした)

頑張って恋愛して結婚したが離婚秒読み
(ヘアメイクやファッションや
家事関連のハウツー本読み漁った)

子供は発達障害で療育頑張ったが
指導でのダメ出しが増えていく有り様

もう初老になって疲れはてたわボケッ


頑張りすぎてメンタル病んだよ

 


頑張りたくない。けど誰も助けてくれない。人生楽しんでいるように見える人は、苦しい事に堪える事を頑張っているんじゃなくて、苦しい事から抜け出す知恵や知識をつける事を頑張ってるんだって聞いた。

 


スッゴいわかる

子供2才でやっと保育園入れて送り迎えしながら朝から晩までフルで仕事
休みの日は家事掃除

それが当たり前になって毎日天気とにらめっこして3食作っての毎日
犬と魚飼ってるのは趣味だから、疲れて帰ってくれば生きて元気で居てくれてる!ってそれだけで幸せなんだけど、誉めてくれるひとは居ないしね。夫は深夜だし。
激務の時はもう、ここまで頑張ったなぁ私って、本気で死を考える事もあるよ。

陰で支えてくれる人がいるから仕事ができるってもう少し感謝の気持ちが欲しいよ。

孤独だよ。

誰か友達になってくれ笑

 

実にならないから頑張る気持ちが沸かなくなった

 


給料日だ。嬉しいような
悲しいような。家賃で半分消える1人暮らし
誰かに頑張ってるじゃんって抱きしめてもらいたい
泣きたいよ

 


結婚に焦ってる30代女性は敬遠されて
焦ってない何も考えてない30代女性には声かかる
結果、焦ってない女性から結婚
焦ってる人はますます焦ってさらに男が逃げていく
男からすればあたりまえのことなんだけど辛すぎる

 

報われない努力はやめる

 

子供もいない既婚30半ば
家に帰れば離婚問題家事炊事
会社はどんどん人が辞めてベテランが爆発寸前のブラック
私が辞める前にどんどん人が辞め、私が辞めると迷惑がかかると頑張ってきたけどもう本当に疲れた
離婚して独りになって仕事も辞めてゼロになったとき
また立ち上がれるのかな?

つらいつらいつらいつらい


歯車の代わりはいくらでもいる

 

歯車に奴隷精神と責任だけ植え付けて安い賃金で働かせる世の中

 

手が抜けない性格で
何でもがんばってきたけど、それが果たして意味があったのか?がんばったからって幸せにはならない。
テキトーに生きても結果同じ。
分かっててもがんばってしまう。
性格変えたい。別の人間になりたい。

 

吐き出していいですか?
私は実母と仲が良くないです。というか相性が悪いのだと思います。幼いころから他人と比べられ怒られてきました。同じことを他人がしたら「偉い」のに私がすると「ダメ」なんて日常茶飯事。それでも母に喜んでもらおうといろいろしてきました。まあここ数年は心が折れかけておなざりな対応になっていましたが。
そんな母が倒れました。どうやら胃がん(検体検査中)と心不全。長くないんだろうと思います、高齢ですし。なぜか猛烈に病院を拒否する母を強引に受診させて判明しました。
病院までは 私の自宅から片道車で1時間ちょっとかかりますが なんとか時間を作って通っています。が ダメ出しばかり。介護申請も怒られる始末。昨日も「なんでそんな意地悪するの!」って怒鳴られました。痴ほうも始まってしまったのかもしれませんが なんせ昔からいろいろ言われてきたので娘でさえ 痴ほうなのか違うのかの判別がつきません。

こうやって私たち母子は 一生分かり合えないまま終わるんだなって思ったら もう頑張れないと思いました。きっと 母の人生の最後くらいは私のことわかってくれる 一度でいいから誉めてくれると思ってきたのに やっぱりこのままなんだって泣きそうです。
でも 一人っ子で父親も他界 親戚も遠方の私には この試練を一人で耐えるしかなさそうです。
母が先か 私の心が折れるのが先か。

 

まじめにすると損する世界。頑張らなくて良いよ。


みんな毒吐いてスッキリしてよ(≧∇≦)

 


この世は地獄です
お金がないと本当に本当に辛いですね
頑張れないやもう

 

 

 

 

逆張りバリ成長

今、一生懸命、積み上げようとしている実績や結果は、「成長した」と言いたいための根拠です。「それ」があると「成長した」「自分には価値がある」と言える。言ってもいい。


根拠を集めて「成長した!」と言える自信を持てたときに、心の中も充実すると思っているかもしれませんが、実は違うのです。

一時が万事。現時点で、どれほど強固に見える根拠も、いつなんどき無意味と化すかわかりません。そして、そんな危うい根拠を源とする自信は、いつなんどき崩れてしまうかわからないのです。

 

すでに「ある」ものに気づかず、「まだまだ」とがんばろうとする。でも、がんばった先に思い描いているものは、じつは今、すでにあるものとそう変わらないかもしれないよ、ということです。

 

幸せとは、「結果」という階段を上がっていった先にあるものではありません。階段を上りきる途中の「踊り場」に、すでにあるものです。結果と幸せは、関係ない。

だから、自分は結果を出さなくても大丈夫だし、幸せになれる。


・・・・っていうか、すでに幸せなのではないか?そっか、今が、これが、幸せなんだ。


こうした心のあり方になると、「先に幸せになったら、ほしがっていたもの以上の結果が自然とついてきた」ということも起こる。

 

だらだらしよう。なまけてみよう。
成長しようとすることはやめよう。代わりにぜひ、「ダラダラ」してみましょう。遊んでみましょう。そして「何もしない」をしてみてほしいのです。


成長することには、ストイックな努力、プライベートを犠牲にした働き、などがつきものです。そういうものをすべて脇に追いやって、だらだらしちゃうのです。ムダな時間をすごすのです。


成長するために精魂傾けてやってきたことを、適当にやる。なまける。サボる。こんなダメダメな生活にしてみて、どんな恐怖がやってくるのかを感じてみてください。


安心してください。


それでも全然だいじょうぶですから。
「自分はダラダラしてても、大丈夫なんだ」「遊んでばかりで価値を生み出さなくても大丈夫なんだ」ということに、ぜひ自分で気付いてみてください。

これはやってみないと、わかりません。

海の中で、必死に泳いでいる自分が、ゴールも見えずに、泳ぎ続けています。

んで、そこに「泳ぐのやめてみてください」と言っているようなものです。「泳ぐのやめたら死んじゃう」と抵抗してしまうでしょう。
いくら言ってもやめないでしょう。

でも、やめてみないと「あ、自分は浮くんだ」「あ、泳がなくても大丈夫なんだ」ということには気づきません。

だからここで、「やめてみる」「ダラダラしてみる」と言うのは、「勇気」が必要なのです。


そして、それをやってみたら、世界が180度変わるのです。

成長することを辞めるかわりに、これらの新しい、ありえない習慣を始めてみることが、今までの成長に代わる新しい成長だと思ってください。

今の自分では思いもよらぬ変化は、今の自分では思いもよらぬ習慣からこそ、生まれるのです。

 


自分を追い詰めてしまう人は「独りコント」を演じている。

 成長しようとすることをやめて、なんか知らんうちに成長してしまった。そんな立場になったあなたから見ると、「まだまだダメだ」「成長しなくちゃ」「あれもこれも、できるようにならなくちゃ」とがんばっている以前の自分は、まるで「独りコント」です。


 全然、なんにも問題ないのに、そのままの自分で大丈夫だというのに、何かしら問題を見つけては「いや、私ってやっぱりダメなんです」と、がんばってしまう。
 その姿は、端から見れば、さながら何にもないところで滑って転んで、すったもんだしているコメディアンのようです。

 あるいは必要のない「正義の味方」をしょっちゅう呼び出して、いもしない悪と戦わせているようなものです。
 

 どうして、そんなに問題を見つけたいのでしょうか。
 いくら「問題ないよ」「大丈夫だよ」といっても、何かしら問題を見つけてくるのですから、よほど悩みたがり、怒りたがり、自分を追い詰めたがりなのでしょう。
 それならそれで、仕方ありません。僕が何を言おうと、悩み続け、怒り続け、自分を追い詰め続けるのも一つの方法です。

 

自分が本気で成長したいと思ったのなら、何をすればいいのかは、もう明白すぎるほど明白です。


★何事も問題視しないこと。


 自分についても、周囲についても、「いいんだ~」「そうなんだ~」と、なんとかして解決しようとしないで、ありのままを受け入れることが、成長への早道です。

 ちょっとネジの足りないような、今までバカにしてきたような人みたいになることなのです。

 

自分では無意識でも、人はいろいろな先入観や強迫観念に従って生活しているようなものだと思います。
 失礼がないように、迷惑かけないように、嫌われないように、評価を落とさないように「いつも、ちゃんとしていなければ」・・・と、普段、どれほど気を使っていることでしょう。

 でも、それは本当に必要?

そうではないのでしょうか。そんなに怖がらなくてもいいのです。

 

自分がやらなきゃいけないと思っていたことが、「意外と、そうでもない」ということに気づきます。

 世の中の暗黙の了解となっているルールやモラル、失礼がないように、嫌われないように、迷惑をかけないように、と細心の注意を払ってきたことが、そんなにこだわらなくてもいいものだとわかります。


 このように、さまざまな囚われから解放された心、なんでも許せる寛大な心は、びっくりするくらい軽く、自由です。

 

「いいんだ~」の範囲が広がると、自分を小さく閉じ込めていた枠を一気に取り払える、ということ。
 ぐんぐん成長できる心というのは、こうした何の足枷もない自由な心なのです。それによってホントにダメになるかといえば、そんな心配はいらないのです。


「きちんとしなければ責められる」なんて、まるで強迫観念のように、自分で勝手に思い込んでいるだけ___一番、気付いてほしいのは、この点なのです。

だから、たとえば、いつもきっちりこなしている仕事を、少しルーズにしてみる。もちろん、「やっぱり私は、きちんとするのが好き」と思っているのなら、また、きちんとしたあなたに戻ればいいだけです。

とはいえ、すべて元通りにはなりませんよ。

なぜなら、いったんルーズにしてみたところで、あなたは、もうわかっているからです。

「きちんとするのも好きだけど、きちんとできないことがあっても、いいんだ、それも楽なんだ」と。


人間、調子が出ないときもあれば、機嫌が悪いときもあって当然であり、そんなときにはムリをしなくても大丈夫なんです。

周囲に気をつかわず、もっと気分屋でいいんです。

もう、方々に気を使って、八方美人になる必要もありません。
誰からも気に入られるような、平均的でつまらない人間からも卒業です。自由にのびのびと、好きなことだけ、していけるのです。 

 

あなたが、急に「きちんとする」ことをやめたら・・・・・・
周囲の人は、きっと面くらうでしょう。「〇〇さんったら、どうしちゃったの?」と。
けれどもそれは、ネガティブな意味での“びっくり"とは限りません。
むしろ、「最近の〇〇さんは、ゆるくて付き合いやすい」と思われているはずです。


ひょっとしたら、今のあなたは、周囲の人の目には「ちゃんとしすぎて、きゅうくつな人」に映っていたかもしれません。

 

その一方で、「ちゃんとする」ことをやめたら、あなたを批判したり、距離を置く人も出てくるかもしれません。

でも、それなら、それでよし、なのです。

 

あなた自身は、自分の中の「いいんだ~」の範囲を広げたことで、心にはまっていた枠を取り払い、成長しました。
それによって、あなたは周囲の「ちゃんとすることをやめられない人たち」の枠を、イライラさせながら、刺激している可能性もあります。
逆に、ちゃんとしない姿を見せることで、彼らの「いいんだ~」の範囲を広げてあげることもできるのです。


まぁ、自分のスタイルを嫌う人がいるのなら、仕方ありません。
今の自分は自由で、自分らしくて、幸せ。それを嫌う人に好かれようとする必要などありません。

むしろ、合わない人からは嫌ってもらって、早めに遠ざかってもらったほうがいいのです。そして、自由にのびのびと付き合える人たちと一緒に、楽しみながら成長していけばいいのです。

 


あなたも、ぜひ自分の常識外のことをする人の真似をしてみてください。今までは、「そんなことをしたらダメだ」と思って、やらずにきたことを、思い切ってやってみる。

 今までは「これはやっておいたほうがいい」「やらないとマズい」と思ってやってきたことを思い切ってやめてみる。


こうして、自分の中のタブーを一つひとつなくしていくことは、自分の枠を広げるということ。つまり、それだけあなたという人間の可能性が広がるということです。


こうして、いろいろやってみるのは、あなたにとって常識外で、「それだけはない」と思うことほど理想的です。


同僚や友人、パートナーや親、子供など、周囲に「絶対にありえない」「あれだけはやってはいけない」「ああなったらおしまいだ」と思う人はいませんか?

あなたの周りにいる「ありえない人」は、いわば、あなたの知らない世界を知っているんです。

そして、あなたの可能性を広げてくれる別世界を、あなたの目の前で身をもって見せてくれているんです。

その人こそがヒントだと考えてみてください。「それだけはない」というのは、言い換えれば「私は、その世界だけには入らない!」と決めている、ということですよね。

 どんな人生を選ぼうと自由なはずなのに、「これはなし」「これはあり」と、最初にいろんなものを除外した狭い選択肢の中から、生き方を選んでいるわけです。でも多くの場合、除外したものの中に「答え」があるのです。


冒険ものの映画や小説でも、「絶対にここだけは行きたくない」という道の先に宝物が見つかったりしますよね。

「魔の道」にしか見えないところに、大きなヒントがあったりする。これは人生でも同じようなものだと思うのです。

だから、「それだけはない」という世界に、一度飛び込んでみてほしいのです。きっとすぐに、「なんだ、ここまでやっちゃっても、大丈夫なんだ」と気付くことになるでしょう。

その体験が積み重なるほど、「立派にならなくちゃいけない」「がんばって成長しなくちゃいけない」という思い込みから解放されます。「どうしても、もともといた世界に、あれほどこだわっていたんだろう」と、不思議に思うでしょう。

タブーの世界、「それはないわ」に飛び込んでみる勇気が、このように、いろいろと大きな気づきを連れてきてくれるのです。

 

 

「ありえない人」が、あなたの師匠

自分から見て「これだけはありえない」という人は、自分の師匠。
そうお話をしたら、「それは、その人を反面教師にするということですか?」と聞いてきた人がいました。
「人の振り見て我が振り直せ」的な話しのほうが、わかりやすいのかもしれませんが、ちょっと違うのです。

反面教師とは、「その人を見て、その人のようにならないようにしよう」というものですよね。
 それはそれで、生き方や信念の問題ですから、かまいません。

 ただ、反面教師を設定した瞬間に、自分の中に「この人のようになってはいけない」というジャッジ(否定)が生まれます。
 すると、自分の中にもある一つの性質、そして選択を否定することになります。自分をどんどん狭いところに追い詰めることになります。

でも、じつは、あなたは「絶対にこれだけはやらない」と思っていることすら、やってしまっても大丈夫なのです。それを拒否してしまっては、そうなっても大丈夫という自分の可能性の一つひとつ否定すること、自分の枠をぐっと狭めることになってしまうのです。


「そんなの私らしくない。キャラじゃない」ということ、そう信じさせられていることを覆すのが、怖いだけ。つまり今の自分の枠に収まっていたいだけなのです。

こう考えてみてもやっぱり、自分の枠を広げるというのは、「許す」ということです。今まで許せなかった人の行動を許すと、「この人のことを自分は許した。ということは、自分もそれをやっても大丈夫なんだ」と、自分を許すことにもなるのです。

こうして自分の枠は広がっていくのです。これが、「許す容量の大きさ」です。


だから、ここで一つ勇気を出しましょう。


絶対にありえない。
これだけはやってはいけない。
こうなったらおしまい。

そう思う人の行動をあえて真似してみて、自分の枠を大きく広げてください。

(頑張る教)から抜ける


「私がどう感じたか」「私がどんな気分になるか」
目を向けるのは、相手の言動ではなく、自分の心です。

許せないのは相手の言動ではなく、実は自分なのです。
ひどいことをされた、嫌なことを言われたのに「言い返せなかった自分」
「黙っているしかできなかった自分」が情けなくて、悔しくて、許せないのです。

なので、今からでも遅くないので、今更だけどちゃんと言うこと。
自分の中にモヤモヤしている気持ちをちゃんと出すこと。
そうすれば嫌な出来事は終わるのです。

腹黒い自分もさらけ出してみる
=いい人をやめる。お礼、お返しをしない。

「なんかムカつく」=そこに自分の隠している本音がある。
誰かと揉めること、ケンカは自分と向き合うきっかけとなる。

後ろめたい気持ち(罪悪感)が「自分の問題」を作り出す。
誰も責めていないのに、勝手に責められていると感じて怒ってしまう。
罪悪感を隠すために、相手が悪いことにして自分を正当化しているだけ。

自分は本当はどんな気持ちだったのか。
どんな気持ちを分かってほしかったのか。
どんな気持ちを分かってもらえなくて悲しかったのか。
どうしてそれを言えなかったのか。
Iメッセージで伝える。

怒りも悲しみも、ちゃんと感じてちゃんと吐き出すこと。
平気なフリをしなくてもいい。
誰にだって弱さを見せてもいい。甘えてもいい。迷惑かけてもいい。

誰かに言ったこと、思っていることは、
=自分に言いたいこと。自分の思っていること。

誰かに言われたことも=自分が思っていること。
そう思って聞くと、自分の本心に気づくことができる。

他人を見て勝手に不安にならない。
人から何かを言われる=その人が勝手に不安になって問題視しているだけ。
「相手の問題」なので、何を言われても気にしなくてOK!

「○○すべき」という考えが自分の問題を作り出しているだけ。
「○○しなくてもいい」と自分が禁止していることを許可していくと
目の前の問題が解決していく。

誰のことも「可哀想」と思わなくていい。
相手がかわいそうに見えても無視すること。
自分が「かわいそう…」と思っているから、相手はそういう行動に出るだけ。
自分がつらい、しんどいのを我慢するのをやめるには
「無視する勇気」「甘えさせない勇気」が必要。

断る勇気をもつ=自分を安売りしない。
自分に合わない仕事、自分のブランドを落とす仕事、やりたくない仕事を断る。
つまり、自分を大切にするということ。

遊びでも旅行でも買い物でも、自分が好きなこと、したいことをする。
上手くいっている人は、収入につながらないものが収入につながっているのです。

あなたが好きでやっていることにお金を払いたいという人が登場します。
自分が「収入にならない」と思っていたことが、一番収入になるのです。

学校や会社、いたる所にはびこっている「頑張る教」から抜ける。
やりたくないことを頑張ってやっても楽しくない。苦しいだけ。=無駄な努力
やりたいことを夢中でやる=楽しい、もっと頑張れる=成功する。

がんばらない


人生長いから、休む時期だ。と、諦める。
最低限の事だけしかしない。
眠る。

 

桜が怖いっていうの同意。

私の場合はパッと咲いてパッと散る儚さや
浮かれたあとの虚しさみたいなのですごい焦燥感を感じて苦しくなる。

春は苦手。

 

 

ヨガも運動も出来ないくらい元気がなかったけど、平日午前中の空いているスーパー銭湯に行って、ひたすらストレッチして、自分の体をいつも以上に綺麗に洗って、初めてマッサージしてもらったら、心も体も元気になってた。自分の体を労ってあげられるのは、私しかいないもんね。自分を大事にしなきゃと思えた。

 

漫画や小説ひたすら読む
歩いたり走ったり体動かす
お笑いやバラエティー見ながら酒飲む
それでもダメなら映画見て泣く
旅行行く
誰かから三億円貰う

 


私自身の経験から
「好きなことだけする。」
一旦無責任になって、自分の心身を一番に考えて行動するという意味です。
寝たいなら寝る、外に出たいなら出る、ゲームしたいならする、など、他人からしたらワガママと言われるようなことをやってみることです。
法犯さない限りは、気ままにしてみることで、かなり楽になり元気になりました。

 


登山良いですよ。1000メートル台の山。登ってる最中は、なぜかいつも布団の中で暗く思い詰めてたことが消え去って、下山後は顔もスッキリして何か良いことをした気になります。

 

 


ジムに通って運動したりサウナ入ったりたくさん汗をかき、身体を絞りました。
気分もリフレッシュできましたし、スリムになる自分を見てコンプレックスも軽減されかなりポジティブになりました!
ご飯も美味しく感じますし、身体を動かすって大切なことだとよくわかりました

 

生きるのが楽になる・・・。
そう・・・iPhoneならね。

 


我慢じゃなくて妥協。妥協よりも折衷。今の自分にもできる良い方法を知る。
自分に嘘は付かないで夢物語や理想を追いかけないで現実的に折り合う。
誰よりも酷い最低の状態だったら、今より良くなるのは他の人より簡単。

 


いい意味で、頑張るのをやめました。

避けれる苦労は避けるようになりました。
昔は困難なことに自ら挑んでいくことこそが、意味があることだと思っていましたが
それもやめました。

楽になりました(〃・▽・〃)

 

人に裏切られたり、失恋したり、病気になり働けなくなったり
自殺しようとおもったけど、私には家族だけはいるとおもったら死ねなかった。
病気のベッドでこれ以上つらいことがあったら死のうそう誓ったら
逆にすっきりして楽になりました。

以前はがんばりすぎていましたが、人に期待せず求めず
自分にちょっとしたご褒美をあげることを心がけるようにしたら
少し楽になりました。

いつ死んでもいいけれど、とりあえず10年は生きることが目標です。
だって興味のある本や結末が気になる作品があるもの。
友人関係がきられたり裏切られたり人間不信気味だけど

まぁいっかと、趣味でのりきろうとおもいます。
長文失礼いたしました。

 


食洗機とルンバ
共働きで疲れて喧嘩が絶えなかったけど、
この2つで喧嘩が8割へった、まじで。

 

結婚してたとき、レスだったから、憂鬱だった。どうするんだろう、この先ずっとこのままなんだろうか。この時期は特に年賀状があるし。
離婚して楽になったー!!離婚の翌年40歳になってさらに楽になったー!!

離婚したのは大正解だけど、結婚したのは後悔してない。してたらどうだったかとか、妄想抱かずにいられるから。

 

 


嫌なことは忘れたもん勝ち。楽しいことは楽しんだもん勝ち。自分の人生は少しでも充実させたもん勝ち。

人は他人にはなれないし、他人の人生を歩めない。

だったら他人を妬んで足を引っ張るのに、労を費やすより、自分が胸を張って生きれるように努力をできる方が素敵。

 


主さんと同じで、人の言葉を気にして考えすぎたり昔を悔やんだりネガティブ思考で病みまくり毎日辛かったです。
でも今は、そんなこと考えたって意味ないし何か言われたりミスしても「そんなこともあるさー」って思うようにしたら楽なりました。
あとは、色んな人がいるんだから自分のこと嫌いな人もいるよなぁーハハハ!と思うようにしました。

それと私の場合忙しいのも変なこと考える時間なくす手としては良かったです。
言われたことなど思い出すと気にしちゃうので、忙しさで気を紛らわせればそのうち忘れます。

 


生きてるだけで最高やん!生きるか、死ぬかでさ迷う国もある訳で。選択肢がたくさんある日本人で最高!満腹な上で悩める事て贅沢違う?

 


なるようになった結果なんとかなってきたから
これからもなるようになる。
と、何か起きた時に思うようにしました

 

楽しい事、好きなことを我慢しないで貪欲に没頭する。マイナスな事を考える時間を作らない!例え嫌いな人でも、悪口は言わない。自分の事も悪く思わない。

 


くだらないプライドを捨てました。
かっこよく生きようとするから無駄に疲れるんだ。他人は私にかっこよさなど求めていないんだ。かっこよさを見せつけるくらいなら、ダサくても笑い話でもした方が、よっぽど他人は喜ぶし、私も楽しいし。
変なプライドを捨てたら、自分に誇りを持てるようになりました。

 

 

私はパワハラとセクハラで鬱になって会社を辞め、パニック障害で外に出られなくなり、そこからはもう親も子も体を壊すやらずるずると落ちる一方でしたが、薬漬け生活もやめられて早数年、他人から見たらゴミ屑みたいな人生だけど、好き勝手生きてます。

環境を変えたらいいと思う。というか、そこまでする覚悟が無いと無理かな・・・
毎日朝6時に起きて、ご飯作って会社に行って、家事もしてなんて何十年も続けられる『普通の人』は普通ではないと思うんです。そこから外れたら異端者扱いするのがおかしいんですよ。

だからもう、私の周りはどんな生き方をしていようが「まだ働かないの?子供は?」なんてありきたりの発言をする人は一人もいません。

自分の人生だから他人に迷惑かけなければ何をしていても良いんです。そう考えられる、考えないようになれたら楽になれました。

 


何かストレスがある時は別のストレスを与えたら良い
ネガティブなストレスならポジティブなストレスを与える。ストレスをストレスで打ち消す
主治医が見つかる診療所で脳外科医が言ってました
実践してたらネガティブな思考が無くなりました

人生楽しむコツ

人と比べないこと

人生楽しんでる人は他人と比べてない。自分主観で幸せかを重視してる。
人生楽しめてない人は何事も他人と比べてばっかり。
勝ち組負け組決めてる人とか。

 

受け入れる事。

自分の力量じゃどうしようもない事がある

流木の様に流れ流され色んな経験を受け入れれば人生何があるか分からなくて不条理な事があっても楽しむ余裕が生まれてきた。

人生のフラグは沢山あった方がいい

 

 

明るく、明るく!
笑って、笑って!
ご用の無いものはスルー!


どっかのコマーシャルじゃないけれど、“頑張り過ぎない勇気!”


楽観的になる
鈍感になる

 

楽しいことも毎日続くと飽きる
毎日がお祭りだったら最初は楽しくても
いくらお祭りが好きでも最後には慣れて飽きてウンザリする

楽しいことは欲張らずに適度に楽しむのが楽しい

 


愚鈍になること。
これに尽きる。


おかしな奴がいなくなればいいけれどそれはムリ不可能なようなので、

 

自分を褒める
自分を好きになる
自分に興味を持つ

他人の事ばかり考えるのはもったいない

 

人の良いところばかり見つける。
深く考えずアホになる。

これ大事


努力や我慢の先に幸せがあると思わないこと。楽しさの先に笑顔があって、その後に幸せが来ると考える。

 

無理や無茶は絶対しない。

 

食う、寝る、遊ぶ(^-^)

 

他人からどう思われようが気にしない。
人の事は気にせず自分のやりたいように好きにやる。

 


こうじゃなきゃいけない!って考え方をやめる
まぁいっか~って気持ちでいる

 


鈍感になること、かな。終わったことは気にしても気にしなくても結果は変わらないんだから考えない。
クヨクヨと気にしている自分は本当の自分ではない。自分の肉体が勝手に気にして悩んでいることであって、自分の核にある魂はその悩みとは無縁であり別に存在している。と考えると悩まなくて済む。私の場合は。

 

わからない事を突き詰めて考えすぎない。
何もかも知らなーいじゃ、困るけど、わからないと認めて放っておく事も大切だと思う。

 

悪い噂は広まるの速いけど良い噂はなかなか広まらないですよね?
それって、悪口は言うけどあの人は本当に良い人って言わないからだと思う。
という事は必要以上に嫌われないように、好かようとしても人はそんなに良く思ってくれないんだ、って事を肝に銘じておけば大概の事はクヨクヨ考えずに生きて行ける。
他人に嫌われるのを恐れない。これで楽になれます。


鈍感力。
繊細や神経質は生きづらい。

 

拝読していたら、人生楽しまなきゃモッタイねえ〜という気になってきました。
人生を楽しむコツ、大いに参考にします!

 

うまくいかない時は、何をやってもだめなので、じっと耐える。
人間関係は、深入りしない、自分にとってマイナスになる人とは、付き合わない事かな。

 

 

 

 

逃げろ!逃げろ!逃げろ!ワオッ‼️

頑張らなきゃって思う程、辛くなる、動けなくなる。そういう時は頑張るベクトルが違ってる。人は得手不得手がある。自分が得意なこと、好きなことに力を注いで伸ばしていけばいい。それが努力。

 


人間が80歳まで生きられる事は決して当たり前ではない。
その人の日頃からの健康に対する努力や人間関係を
円滑にするための努力があり、その上で事件や事故に
巻き込まれないという運の強さもあってようやく達成できる。
だから私達はいつ死んでもおかしくありません。
だから日々が面白くない人は思い切った事をしてもいいと思います。
今の仕事が嫌なら辞めるのもありです。
嫌いな人間関係を切るのもありです。
人は一般的に人生がまだまだ長いような錯覚を持っています。
だから中々行動ができないんです。
現に死ぬ思いを経験した人は自分がいつ死ぬかわからない
という思いが強くあるから思い切った行動に移せて
その後大成功している人が多いのです。

 

やりたいことはやれ!!
かな。
周りのことばかり考えて自分のやりたいことを抑えてたけど、人に迷惑がかからないことは死ぬまでにどんどんやろうと思えるようになりました。

 

楽して生きるのは、体の代謝がいい若いうちはいいわよ。
しかし40過ぎてご覧よ。
運動不足プラス、美味しいものばかり食べてたツケが、ガッツリ体に出るわよw

まず血圧上がる、デブる。
やがて体内には、脂肪や老廃物溜まりまくりで、成人病コース。
47歳の私が言うんだから間違いないw

 

私も色々考えたけど、結局、物を持たないことじゃないかな?最近ミニマリストとか断捨離とかよく聞くけど、物が少なければ掃除をする、捨てるなどの時間が減り、物を買うお金も物を置くためのスペースも少なくてすみ、大きい家でなく小さい家でも暮らせるかも。そしたらもしかしたら、働く時間をそのぶん減らせるかもしれない。

昔は100円ショップもなかったが、100円ショップが普及して服も安くなり物に溢れ、今度は余裕がなくなる人も増えた。だから断捨離とかミニマリストとかに憧れる人も増え、そういう本も爆発的に売れたんだろうね。

買うときは本当に欲しいもの、なにか買わなくてはいけなくなったとき、自分で修理できないか、代えがきかないかよく考えて買おう。

 

宙に浮いた自転車を必死にこいでも進まないでしょ
やみくもに足掻いたって意味ないってこと。
頑張るツボを押さえたら、力まなくても進みますよ。
頑張りどころと抜きどころを見極めましょ。

 

私も昔はがんばってたけど、報われないなーってことに気づいてがんばらなくなった。
相変わらず報われないけど、がんばったのにダメだった!みたいなショックはないだけマシ。

報われなくてもがんばるのが好きな人は、相当なMだと思う。

 


周りの期待に応えない、周りに期待されてると自惚れない。
みんな自分の事に期待して無いし(そこまで気にしてないし)普通に今やらなきゃいけない事をいつものペースで片付けよう!ってやると成果が高い
後はマイナス思考な、あの人あの時どう思ったかな…、この先どうなるんだろう、系の事は考えても仕方ない事なので「考えるのやーめた」って頭の中で呟いて考え無いようにしてる。
そうしてたら凄く楽になったし、心に余裕が出来て周りの人にもネガティヴな気持ちにさせる事が無くなったよ。

 

仕事でどんなに頑張っても辞めたら誰も褒めてくれない。ほどほどに手抜きしてるほうが、燃え尽き症候群にならず長続きする。

 


自分のキャパが小さいことを自覚している人に言いたい。

周りの人は普通にできてることができない。
だから、自分はもっとがんばってできるようになるべき、っていうのは
もちろんプラスの面もありますが、

キャパオーバーした部分がじわじわと体を蝕んでいきます。
ストレスに対応するホルモンを作っている内臓に無理をさせているということです。

仕事から逃げても、誰かにバカにされても、健康が何より大事です。
誰かを傷つけたり、あまりにも大きな迷惑をかけるのはだめだと思いますけど。

私は5年くらいかけて体壊しました。
まず、しっかり治してこれからは「できない自分」を受け入れなければならないです。
もちろんそれ相応の生活をしていくことになりますが。