HOW TO SUCCESS〜こうすれば成功する、幸せになれるっていう情報、いろいろあるけど・・・


 

あれ、ダメ。
成功の仕方っていうのは、人それぞれ、その人限定仕様なわけだから。
その人だけで、他の人には、通用しないから。
必ず、すべての人に、
その人なりの成功の仕方がある。
必ず1個は、あるから。
世の中とか、誰かが決めた成功なんて全シカトで、自分勝手に、胸張って生きりゃいいんだよ。

 

 


ドロップアウトの偉い人から10年経った。早いんだか遅いんだか。オレは何か変わったのかな?

何も変わらないならやることは一つだろ?取り組みは同じままさ。

いやはやなんかマジメに考えすぎてしもうた。これからは力を抜きテキトーに行きたい。

悪になり、そして狂え。

ドロップキックをかましたれ。胸張って生きろ


虚無感から早めに戻ってこれたのはデカイ。


グリーンカレー旨い。アスパラの味しますね。
そんなに辛くもなく、優しい味だ。生きてて良かった。


オレ様主義かぁ、なんかいいな。あらたさん。


生活に余裕を持つというのはほとんどの意味で時間的な意味なんだと思う。

時間にたっぷりとした余裕があるとき気持ちにもたっぷりとしたものが満たされてくる。

車にガソリンを満タンに入れた。自分の気持ちも満タンになるような気がする。
そしてそのまま洗車待ち。
前の車は黒のレクサスだ。
水滴が眩しい。

巨大なローラーで我が車もゴシゴシ洗う。非常に気持ち良さそうである。この季節は特に洗車が気持ちいい。久しぶりなので車も喜んでいそうだ。ボンネットに鳥のフンつけたまま走っててごめんね。ちょっと反省だね。


んで乾燥の風で水滴を飛ばす。太陽の光に反射して眩しい。冬はもう遠くに行った。今は春の後半。生命が繁盛している草達を眺めている。負けるなオレ。

今日も日差しが強く、良い天気である。台所で冷たいお茶を飲みながら書いている。冷たい飲み物が美味しい季節になりましたね。朝食はほうれんそうのカレー。野菜がたっぷりでうまい。

 

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 おお、そうだ。車のガソリンが切れそうなので補充しておかないとな。土日に補充しとけば、エネオスでTポイントが五倍ついたんだけどなぁ。といっても25ポイントでしかないんだけど。でもそんなことの積み重ねでアイスとかをファミマでポイント買いするのはなんか気分いいよね。昨日のキャッチボールの筋肉痛が残っている。肩が痛い。明日には直るかなぁ。書くことはほとんどないけど、何かしらを毎日書いていこうと思っている。意味はないけどやってみる価値は自分にはあると思っている。三千文字くらい毎日書いていきたい。意味はとくにないけど。書くのが好きなのかもしれない。ちなみに書くのはポメラDM200で書いている。この機械めっちゃいいのでお勧め。書くしかできないけど。だからこそいいよ。

俺は今自営業で仕事はあまりない。だから収入もあまりない。暇な時間が多い。しかし非常にそれが良いものだと思っている。暇はすばらしい。やることがないってすごくいいと思う。やることがないと休める。そして休みにも次第に飽きてくるので何かを始める。それってすごく創造的なことだと思う。人間的だし、また動物的だ。こんな風に生活を続けていきたい。金はそんなに無くても今のとこなんとかなりそうだ。隠居ライフの大原さんもけっこう充実してそうだったしなぁ著書では。俺もスコーンとか作ってみよっかな。いややっぱいいや。めんどくさい。


今気になっているのはキンドルのアンリミテッドとかいうもの。月額980円ほどでその名の通り無制限に本とか漫画のコンテンツを読めるらしい。破格すぎやしないか。かなり熱い。

キンドル電子書籍は未だ触れてみたことがない。興味はすごくあるんだけどね。紙の本ばっかり読んでた。読書は大好き。だからいつかは使用してみたいと思ってたんだよね。


電子書籍をためらっていた理由は売れないからです。今まで俺は読みたい本はアマゾンで購入していた。そしてアマゾンで読み終わった本を売るというやり方でやっていた。それが一番本を安く読める方法だと思っていたからだ。


でもキンドルって安いよね。しかし売れないから紙の本の方がいいかなって考え続けてた。でももう違うんじゃないか?だってキンドル安い上に読み放題が出てきちゃったらもうそっちでいいじゃんということに俺の中でなった。

 

あと最近思うのは読書は楽しいんだけど、もう本買わなくてもいいんじゃないかぁってことだ。もう充分に読んだし、今手元にある本を読んであとは、新聞とか図書館で本を借りて、本代にお金は使わないほうがいいかなって思っている。俺的には活字であれば意外となんだっていいところある。こだわりがそんなにないという。ああ、でも面白い本はやっぱ買うんだろうけど。でも今まではちょっとでも面白そうな奴はどんどん買っちゃっていたからそういうの辞めたい。別に読書なんてしなくても生きていけるしね。


 読むことと書くことってやっぱ違うよね。脳の活動が違う感じがする。最近またいろいろ雑文を書き始めてからつくづく思う。書くということの方が脳を使う感じがする。読む方が楽しいと思う。楽だし。でも、だからこそ書くということをやってみたい。というかやっている。頭に浮かんだ自意識を垂れ流していくのは非常に難しいというかメンドくさい。でもなんかクセになる。メンドーだけどね。人のために文章を書いている訳ではなく、自分が今のこの瞬間を楽しむために書いているのだ。読んでくださる人のことなんて何も考えていない。じゃあなんでブログに書くかっていうと、・・・・・・なんとなく楽しいから。スターとか付くとやっぱ楽しい。それは承認欲求だとか巷では言われているらしいけど、そんな難しそうなことは置いておいて、楽しい。アクセスが微々たるものだがあるとまた楽しい。でも訪れた人は「なんじゃこりゃ」って感じだろうけれど。すいません。


 いやしかし、集中して書いていくとある種の独特の脳内世界に入っていくような感覚があり面白い。書くことに没頭するのってきっとすごく楽しいのだろうなぁと思う。

 

「結果」を出すことに価値があるのはただの「機械」である。

基本的に学校も会社も、がんばった「過程」なんかどうでもよく、機械的な「結果」だけが最終的な評価となります。


「結果」のみを求めるなら、人間らしさをなくし、より機械のように生きたほうがリスクが減り、安定し効率的です。


これは逆説的に、
人間だけが、無駄で、くだらない過程にい、価値や意味を見いだすことができるということ。良質な機械仕上げの大量生産の「結果」ではなく、無駄で人間くさい非効率に時間をかけた「過程」やデザインにこそ

一部の人間が生産的な価値を見い出したりもすますが、それが金銭的に売れない作品や景色だろうが、笑いだろうが、ある種の人にとっては全く生産的でない大きな「意味」を持ちます。

「結果」の行き着く先には何の「意味」も「価値」もない。

お金を儲けまくった先に何があるのか?

宇宙の先に何があるのか?

人はどこから来て何処へ行くのか?

その結果に意味も価値もありません。


人間はいつか死ぬんです。法人である会社もいつか死にます。

地球もいずれ太陽に飲み込まれて死にますし

宇宙だって死ぬと言われています。

 

そこで生産し続けることの「結果」に


何の「価値」も「意味」もないわけです。


でも人間だからこそ、その「結果」が無駄になるすべての「過程」に対して生きているだけ、

いろんな意味や価値を勝手につけていいわけです。

 

僕らがスーパーマリオを楽しんだのは、「ピーチ姫を助けました」という結果がほしかったわけじゃない。


目的に向かって進んでいること自体が楽しいゲームだった。

 

エンディングという「結果」が見たいわけじゃない。
どうせ次回作でまたさらわれるピーチ姫なんて、言ってしまえばどうでもいい。


もちろんなんの生産性もない。


それでも助けるために冒険するという、その「過程」にこそ「価値」があり、
そのゲームを遊ぶ、「意味」がある。


人間の最大の幸福感、「充実している」「生きている」とは、

自分の能力が最大限発揮されているその「瞬間」のことである。


人生本当に楽しいのは、「試合が終了した時の結果」が一番ではないんですよ。
プレイ中に相手の動きを読みきった時や、自分がこれまで以上のプレイに達したとき

それを仕込んでいる最中に想像している「結果が出る前のわくわく感」が一番たのしい。


ピーチ姫を助けたいという「結果」は確かに嬉しいのかもしれませんが、
ギリギリの攻めをかわしている「プレイ中に生きている瞬間」に比べると、
その結果が、クリボーなのか、火の海に落ちたかは
結局二の次、三の次なんですよ。


自分でできることを、頭脳でも体力でも最大限に駆使して伸ばしている瞬間が最高に充実した「今を生きている」ということ。


つまり
「結果」を一切考えず、「過程」に100%集中して今を感じとる。という状態が、

Don't think feel!

結果というのは、成功だけじゃなく、失敗も含みますが、

失敗したらどうしよう。

こんなことをしても、もしかして無駄なんじゃないか

なんて一切考えないで目の前の集中している人のほうがピーチ姫にたどりつけるだけのこと。


本当の「生きている」充実感は、、自分が今どこのステージなのか、借金しているとか、
人間関係のストレスとかは関係なく、いかにそれをクリアするか、または弱みを強みに変えるか、
そのステージに「本気で集中する」だけのことなので、自分が人生というゲームのどこのステージにいたとしても、

今しかない人生を本気で生きているだけで、どんな目の前の今も一番充実するんだから
もう「丸儲け」

この丸儲けには「パンツ一枚の結果」もなく、
「過程」そのものを指しているのが、本当の意味ではないかと思うのです。

 

二三日ぶりに書ける。久しぶりに書ける。日記を。いままでは風邪引いていたのか、頭痛がきつかった。今も少しだるい。だるいのはいつもか・・・・・・

ここ最近で自分が変わったような感じがある。諦め感というか、もうダメだ感を抱いきながら生活しているせいか、目の中の光が薄まったように思う。自分の目なんて見えないから分からないと思われるが、自分の感覚だが分かる。なにかが変わった。人生に期待しなくなった。

空しさを抱きながら生きている。誰かに言って欲しいな
「お前はすでにしんでいる」と。

俺はもう死んでいる。でも肉体的には生きている。だから今日も生きてしまっている。でももうどうでもいいやって感じ。
 
しかし生きてしまっているのだがら、何かやろうとして今日も書いているのです。ます。

なんやかんやと溢れてるけど、ここにないもの、ここにあるものそれで全てです。ます。

 

生きててもしょうがないなぁって思いつつ。この先になにかあるかもと思って生きている。しかしどーせ何もないだろうと思っていて、それが辛い。自分でなにかをしようという気持ちにも今はならなくて、昔ほど。じゃあもう生きていても意味なくね?なんて聞こえてくる。

だから生きていても意味はあるよって自分に言い聞かせる。

まぁ意味があるっていうか、無くても生きてしまっている現実がある。でもまだ二十代だし健康なんだからここで諦めるのは早いとも思う。でもなにすればいいのかもよくわからないしで、まぁのんびりとでもいいから生きるかぁってのが最近。

でものんびりとしているのも暇なので、日記を書いている。今日は暑い。五月ってこんな暑いっけ?異常じゃないか?この暑さ。さっきの人は福岡では35度とか言っていた。いやいや暑すぎでしょ。こりゃ夏はどうなるのかね?


俺のイエはもう上手くいかないだろうなぁ。で上手くいってほしかったけど、家族みんなもれなくダメになるな。これは。「まぁ仕方ないか」そういって諦めよう。どのみち受け入れるしかないんだから。現実は大変だ。

 

ヤミ金ウシジマ君の最新刊読んで相変わらず怖いなぁと思った。ファミマで飲むヨーグルトを買った。

もう初夏なのか、めちゃくちゃ暑い午後である。セミはまだ姿を見せないが・・・
あじさいの葉っぱは強い緑色になってきている。六月はどうなるのだろう。


もう俺的には概念の最高到達地点にたどり着いた。これからは下るだけだ。これより下山することになるだろう。山の頂上には何もなかった。この旅路には意味はなかった。しかしそんなもんだ。意味はあまりなかったけれど、無駄ではなかったのではないか。現に俺はこうして生きて生活している。意味なんてどうせもとより無いのだし。これからは下り道になる。それは知識をため込むのではなく、知識なんて捨てていく道になるだろう。下山するのだから。降りるぞ。このルートで。今は山頂。


わかりにくい文章ですまんな。でもこれがおれだ。書いていけば分かり易くなるだろうか。そんなことを気にせず書きまくる。気にしないよ。どうせ誰も見てないし、期待してないんだから。気張るなよ。肩の力を抜けよ。


楽しい人生がよかった。そんな幻想を今は思っている。パラダイスはどこにある?また進むしかない。それでも生きるぞ。

 

人生の大半を占める「どうしようもないこと」「なるようにしか、ならないこと」を少しずつ、すこしずつ、上手にあきらめながら、心の一番深いところだけはしっかり満たされた生き方を心がける。さまざまな困難に直面しながら、なんとか幸福な人生を手に入れている人の多くは、いろいろなことをじょうずに「諦めたり」「手放したり」しながら、人生に大切なこと、たましいのいちばん深いところだけは、しっかりと満たし続ける。そんな知恵と工夫を身につけているものです。


タイミングとスピードでチャンスをつかめるようなものには
そのような性質は有利だけど、世界のすべてがタイミングとスピードで成立しているわけではない。


1歩のステップをさらに細分化することに尽きる。

自分に足りないものを列挙していったら膨大な数になるかもしれません。
しかし列挙した自分に足りないものをよく見てみると練習すれば十分に達成可能なものはありませんか?


もっともっと細かく現状を分析し課題を上げていくべき。


それをひとつひとつ達成していくことで、着実に成長することができるんですよね。
一つの課題をクリアすれば、必ず一つの課題をクリアした自分になれるのです。

 

できないことができるようになった喜びや
ほんの少しでも成長した喜びを大切にしていけば、
すごい人を見ても
へこたれないどころか、むしろ自分の力にしていけるメンタリティが身につくのではないでしょうか?


裏をかえせば、スピードの違いはあれど、歩ききることができれば、ほとんどの人が目標に到達すること自体は不可能ではないのだ。


自分の歩幅を的確につかむことが最重要だ。それが最後まで疲れずに歩くことに繋がる。

 

最終目的地と次の1歩。自分より少しだけ上手い人を探して、真似をする。というのも
良い手法だ。

何をどう上達すれば、できるか分からないよとなってしまったときには
足場が遠すぎる可能性が高い。


もっと1歩を小さくしたり、より基礎的な部分に戻ればいい。

逆に、もうこのレベルは簡単にできるようになったなと思ったら、ほんの少しレベルを上げる。常に次の1歩は毎回丁寧に確かめる必要がある。


次の1歩で動いた時に評価するのだ。
1歩がうまくいったときは、全力で褒めていい。そして、そのままいけばいい。

 

むりぽと思ったときは、
1歩をもっと小さめに設定するのがコツだったね。
できない、もう無理、やっぱ才能ないわって思った時ほど設定を見直せ。

 


楽しい人は知的好奇心が旺盛です。気になることがあれば、近づいてみます。
分からないことがあれば、すぐに調べます。
いろいろ経験してみたいという気持ちでいっぱいです。

極端に大げさな表現をすることで、面白い雰囲気に包まれます。
やはりネタを準備した話の方が面白く展開できます。

テレビや舞台で活躍する芸人や司会者も、楽しく話ができるのは話術が優れているだけではありません。
普段からたくさんの持ちネタを準備しているから、次々に楽しい話をしています。
また普段から楽しいネタ探しを習得していくことも大切です。

 

 

何か面白いことはないだろうか。
と考えながらすごせば見つめやすくなります。
旅行の話。
流行の話。
おいしい料理の話。
なにかを経験することは、話のネタを作るのと同じです。


話のネタを準備する気持ちがあれば、新しい挑戦も勇気が出やすくなります。
楽しい出来事に遭遇したら

「よいネタを見つけた。今度はこれをネタにしよう」

と考えましょう。


新しいネタができると、うずうずして誰かに話たくなるので、人に接しやすくなります。

 

普段から新聞、雑誌、テレビなどを通して、情報を収集しておくことが大事です。

世間を賑わしているニュースがネタになります。
世の中の情報に詳しいほうが、話の受け皿が大きくなって、楽しい話がしやすくなります。

 

楽しいネタは自然と浮かぶものではなく、準備しておくもの。面倒と思わず、宝探しをするかのような気持ちになれば、楽しみながらネタを探していけます。

 

ネタを見つけに出かけようッ!!

「不動心」とは、どこにも滞らない心のことです。

前後裁断
 心が滞るのは以前の古い心を残し、今の新しい心を後回しにしているからなのです。
だから、以前の心を引き継がず、今の心も残さずに捨てることが肝要だというのです。

「ご縁だな」


いつかは終局に達するというような歩き方では不十分だ。その一歩一歩が、終局であり、一歩としての価値がなくてはならない。

早く終局に着くことばかり空想せず、ずっと続く目の前の一歩一歩を楽しんで生きろ。

 

修理で物を大切に使う行為は、物を生かすと同時に心と身を整えるためなのです。


自分を頼りにして、心の声に従って今を生きる。

悩んだら、とにかく留まっていないで、行動することで解消しましよう。


ボクシングのチャンピオン、モハメド・アリ
「勝負は誰も見ていないところで決まる」と言いました。


人生を変えたい、いや変えるんだ。から自分を取り戻した。
自分のスキルが向上し、周囲から認めてもらえる。
自分の貢献によって、周囲から感謝してもらえる。

 


自分のことをポイ捨てしている自分に気づいたら、
自分を大切にしなきゃなって怒って、守ってやんなきゃなって感じました。

自分の内側から、失敗して落ち込む自分をさらにいじめて何が楽しいの?
みたいな声が上がってきて、確かにって思ったらいつの間にか使わなくなった。


ホントに思うことをそのままに喋り、その様に振る舞ってみるようにしました。
他人に受け入れられなくても、自分がしたかったからした、みたいな感じで。

いつもと違うことをしないと、変化は起きないものですものね。
自分が助けないで、誰が自分を助けるの?って感じです。


量が質を生むんだなということ。
自分で自分をご機嫌にする。自分で自分を幸せにする。
ってことをしなくちゃいけないんだよなってことでした。
他人に自分を幸せにしてもらおうと思っている人。
自分の問題を、自分は何もせずに、他人に解決してもらおうとすると悩む。
これでいいですか?と他人に行動の許可を求めたがる。

 


自分でどうすればいいか分からない時って妙にガツガツしちゃって、ちょっと会えば。すぐに自分の役に立つ情報を教えてくれるだろう。みたいに変に期待しちゃうんですよね。
こんなの倒して意味があるのかとか、もっと効率よくゴールをする方法があるんじゃないかなんてことが頭に浮かぶかもしれないけど、

とりあえず、目の前の敵を倒すことに集中していると、なんだか経験値やお金が入ってくるんですよ。そういうのが自信になりますよね。
スライムを倒すという成功経験を持つ前にスライムを倒す自信を持ちたい。
なんて虫がいい話なんですよ。


自分ができもしないことをやろうとして、洞窟に行かなきゃといつも自分に課している人がいたらキツいですよね。
なんとなく歩き始めればゴールできるってことなんですから。


合い言葉はやれることはなんでもやる。
人とのつながりの大切さ、意識して自発的に会うようになった。
人とのネットワーク、それが大事なのだと。


年齢を重ねるにつれ、友人関係、人間関係をもう少し大切にすればよかったと悔やむことが多い。素直に自分を出せるようになり、人とも自然に関われるようになりました。
少しずつでもいいのです。気持ちを言葉に変えるんです。

 

コツはいざとなったら逃げられる練習場所を確保して、仲間づくりに励むことです。
失敗したら切り上げればいいし、上手くいったら居場所が複数できて余裕が持てるし
経験を積めば、コツもつかめます。
生きている限り、他人からは逃れられないので、がんばる価値はあると思います。

 

孤独から抜け出す方法、それは小さくてもいいから自分の安心できるネットワークを作ること。


きっとどこかに自分の素のままの生き方を受け入れてくれる場所がある。
そこに出会えた時の喜びは大きい。外に出て人をふれ合う機会をできるだけ作ったり
外の世界を知ることで、外の情報を知ることで少しずつ自分を取り戻していったように思う。

 

眠れないこんな夜だからこそ。結果が出なくても気にしない。進め。意味なんてないよ。
できことを。できる範囲でやるしかない。道はいくつもあるが、目の前の道を、今ある道を進むしかないね。こりゃどうもめんどくさいし、もっといい道が、もっといい人生がよかったのだけど仕方がない。だったこれしかないんだもの。手元には。あーあ。しかしやるか。だからこそやるかって思っている。それこそが真のプレイヤーじゃないか。


ほないこかぁ


辞めない奴、裏切らない奴
こいつは10年は辞めないな。縦社会の論理。
応用力は基礎が充分にあってこそ発揮されるもの。
会社が学校そのもの。

学校とは「やりたいこと」がある人間にはとてつもなく面白い場。

自らに「やりたい!」という能動的なモチベーションがなければすべてが受動的に「やらされている」状態になる。

 

会社の中になんでもいいから「やりたい」という能動的なモチベーションを見つけることが仕事を楽しむ第一条件。
大切なのは、やりたいことを「会社の中」に見つけることだ。

要は学校と一緒。

 

自信がない状態で何をやってもうまくいかないことが分かった。
面白くないのは自分が面白くないからだ。おのおのの武器を磨け。

お笑いをやるにあたって一貫したテーマがあったほうがいい。
僕が自分に言い聞かせているのは、なにかを思いついたら絶対にやったほうがいい。
お客さんや周りの人に尽くせ。


プレゼンの極意は、相手の頭の中にある要素を使って、それを組み合わせて相手の頭の中に映し出すこと。正解ではなく納得解をいかに導き出すかが重要。


何を選んでも許される日本で好きなことをやらないなんて損だと思います。
コンテンツを作る上では、膨大な知識量を必要とするらしく、とにかく知識を入れていた。

 

 

本日もはじまりましたな。

バカボンのパパだったか、

幸福とは朝、太陽が昇ることと言っていた。


たぶん、そういうことなのだろう。


幸福はなるものではない。


ただ感じればいい。


感じれなくても、それはそれでいい。

 


毎日、「死にたい」とか言っていてもいい。

 

そんなやって生きていけば、また日は沈む。


そしてまた日が昇る。

 

今日も生きるぞ。

 


うーーん、あれだな。

今週一くらいでやっているサッカーが終わったとこなんだけど、やっぱり俺クソよえーえええwww
ダメだわw

俺ってダメなんだなぁ。こんな俺でしかないんだなぁ。


まぁダメな俺にはなれてはいるんだけど、本当に俺ってダメな男だなぁ。能力あんまないなぁ。

 

しかたねーか。このキャラでやっていくしかないのね。・・・・・・まぁ落ち込んでいても仕方ないし。今日二時間走り回っただけでもよしとする。これでいっか。そんな落ち込むなって。
うん。そんなもの。そんなもの。


はいぃぃ、自虐はそこまで落ち込んでも意味ないよーwww
俺が悩むことになんて何の価値もありませんからねーーwww
やめだやめだーーーwww


レッドブルは俺に翼を与えてくれない。俺に翼を与えてくれるのは背中のトレーニングだけだ。

 

俺は俺に集中しよう。やることを淡々とやっていこう。それだけだ。生きるぞい。